ねぇ、貴方には俺の声が聴こえますか。
ねぇ、貴方には俺の姿が見えていますか。ねぇ、貴方には……。

1.これだけは捨てきれなかった


誰も居ない廊下を一人歩く少女の姿が、ぼうっと明りで浮かび上がる。灯火も何も無く、窓から入る光だけを頼りに少女は歩く。 手には、少女には似合わない死人へ向ける花を持ち、沈んだ顔は、少女の美貌を損なうことは無いものの、悲しみを色濃く表している。 その少女はとても華奢で、ほっそりとした足には何も履いてはいない。そして、ずっと着ていたような皺が出来た洋服を着て、ひたりひたりと歩いていた。 その足音は軽く、だがしかし、遅い。まるで誰かを探すように。迷子になった子供のように。途方にくれたように、さ迷う。 広い広い廊下を、薄汚れた廊下を、血が所々に落ちているその場所を、無言のままに、唇をきゅっと噛締めながら、少女は歩いた。

どうしてなのだろう。どうして、自分しかいないのだろう。

気づいたときには両親も使用人も誰一人も居らず、ただ、その屍だけがその場にいた。 少女を守るように、少女を隠すように、その屍たちは苦悶の表情を浮かべながらも、どこか、安堵しきった顔をしていた。 少女は、守ってくれた彼等を彼女の手で家の前に一人で埋葬した。その数は両親を含め数十人。その間よく生きてこれたと思いながらも、これから先の不安も消えてはくれない。
いっそ自分も死んでしまえば…、何度もそう思ったが、守ってくれた両親に、使用人に申し訳ない。何度もそう考えては彼等に謝る。そればかりを繰り返していた。

「父上、母上、ごめんなさい。俺はもう、生きていけそうにありません」

少女の姿に似合わない一人称と閉鎖された空間で、生まれた感情。その名は、絶望。 まだ少女は生きている。だがそれは、ギリギリの瀬戸際であった。

「もう、食料も薬も、何も無いのです。俺に残されたものは、もう、この屋敷のみ。もう限界なのです。ごめん、なさい」

徐々に衰弱していく体は、精神的なものだけではなく、少女のもとからの病気ゆえでもある。薬が尽きては長くはもたない、重い病に悩まされていた。 しかしそれゆえに見つかることも殺されることもなかったのだと、いえなくもない。 少女は屋敷にあるだけの金をかきあつめた。ほとんどは彼等を殺したものたちが、持っていってしまった。もう、金貨はほぼ無いといっていい。
涙を流しながら少女は無言だ。窓からの太陽の斜光が少女を照らしている。少女はそれに気づきながらも、その場から動けなかった。 少し後、少女は首だけを窓に向かってねじり、窓から見える太陽をみて、目を細めた。

―――ごめんなさい。だけど、もうすこしだけ、生きていたいよ。俺の体よ、もう少しだけでいいから、保ってくれ。

2008/5/5













2.囚われたのは、

もう、すべき事は一つしかない。それは―――
空がとても広い。澄んだ空気と、広がる青と、そして、整った町並み。初めて歩く町は、とても活気に満ちている。
どこか場違いな白いワンピースに白い上着を羽織り、ルークは外へと飛び出していた。とてもわくわくする。 初めてのものが沢山あってルークは終始ニコニコとしながら己の目的地へと足を運んでいた。 真っ白なそのワンピースは、ルークが動くたびにふわりふわりと揺れて。人々の目が少女に向けられているとは、少女は気づきもしない。 初めてのその世界はルークに優しかった。ルークが道を尋ねれば、親切に教えてくれ、店に足を止めれば何かしらサービスしてくれた。 片手には花屋に貰った小さな花束を持ち、もう一方には、果物屋に貰ったつやつやとした美味しそうな真っ赤なリンゴ。
ルークは貴族だった。所謂庶民の世界に踏み入れたこともなければ、ルークは貴族界でデビューもしていない。 誰にも知られていなかった彼女をどこかのいいところの少女なのだろうと、住民はきょろきょろと興味深そうにあちこちをみる少女を微笑ましげに見ていた。

さて、薬屋までは後一直線。だがその時、一際強い風が少女を襲う。きゃ、と小さく声を上げた途端にルークの手から、リンゴが落ちた。 まって、と追いかけてみるが転がるリンゴは意思を持ったかのようになかなか止まってはくれない。 気づけば目の前には扉が迫り、やっとそこでリンゴは止まった。掛けてある看板をみれば「薬屋」とかかれてあり、ルークはこくりと息を呑む。 それは、ルークが飲んでいた苦い薬の味を思い出したからではなく、その病の所為で自分だけ助かってしまったことを思い出してのことだった。 リンゴを再び持ち上げる。そして、意を決してルークは扉に手を掛けた。すると―――
ひとりでに開いたドアにルークは硬直する。そして、ガンっとお約束のように頭をぶつけた。

「ぃ、たぁ……」

じんじんと痛む頭をさすって、ルークは目の前に現れた人物を見た。

「すみません、大丈夫でしたか?」

涼やかな声。チカチカと逆光の所為か、何故かその声の人物の顔がよく見えない。差し出される手は大きく、男の人なのだと分った。

「だい、じょうぶ、です……」

その人の手に遠慮がちに触れると、力強く引っ張られ立たされた。見えた彼の容貌にルークは赤面する。 ルークがあった中で1番に、その男は言い表せないくらい、美しかった。

「どこかお怪我は?」

心配げに問うてくる彼に首を横に振って無事であることを証明する。ほっと息を吐いてルークを覗いてくる男の目は紅く、優しげに細められていた。

―――あぁ、この人は俺の神様ですか?

2008/06/22














3.理由なんて必要ですか

薬屋には当たり前だが沢山の薬草や薬が並び、ルークは興味津々にきょろきょろと周りを見渡した。 ドアを開けてくれた彼に礼を言ってルークは店の奥にいる店主を探す。つんとした臭いや、苦そうな臭いが充満する奥にその店主はいた。

「いらっしゃい」

見かけとは違い、その声は快活としていてルークはほっとした。

「すみません。これ・・・なんですけど、ありませんか?」

首にぶら下げていたポシェットから包みに入った粉薬を取り出して言う。それを受け取った店主はぎょっとした顔をした。

「これを、かい?あるにはあるが・・・お嬢ちゃんはお使いかい? こりゃ高いぞ」

粉を調べながら、店主はいう。

「……えと、はい。そうです」
「悪いがお嬢ちゃんには売ってあげられないな。さすがにこれは・・・。これは誰のだい? まぁ、誰のだとしてもお嬢ちゃんの親の人を連れてきてくれ」

困ったようにいう店主に、ルークは焦ったようにいった。

「駄目ですっ! そんなの・・・だって、(俺の両親はもう、いないのに)」

泣きそうに目を潤ませてルークは訴えるが、それでも店主は揺るがない。

「どうしても、駄目ですか?」
「駄目だよ。ごめんな。これも商売だから・・・」

「どうしました?」

男が店主の声を遮った。

「これはジェイド様、先ほどの薬になにかございましたか?」

ルークのときとは違い、丁寧な言葉で話す店主。男は贔屓の客のようだ。 後ろから聞こえてきた声に、ルークは振り向くと、先ほどぶつかった男がこちらに来ていた。 ジェイドと、彼の名は言うらしい。

「いや、そうではない。貴方の所の薬にはいつも感謝している」
「では、何を?」

店主は首をかしげ、ジェイドという男はルークの肩にぽん、と手をのせた。

「彼女が困っていたでしょう? どうかしましたか?」
「ああ、お嬢ちゃんの薬は一般の人が買うことは出来ない薬なのです。ですから、親を連れてくるようにと」

そこまで言って、ジェイドは納得したように頷いた。そして、ルークを見やって口ぱくで欲しいですか?と聞いてきた。それにルークはこくりと頷く。
「では、私が買いましょう」
「え?」「は?」
「それならば問題ないですね?」

毎度ありがとうございます。これからもご贔屓に、と後ろで聞こえるのをルークは複雑な気持ちで見ていた。 店を出てから開口一番にルークはお礼を言う。

「あの、ありがとうございました! 俺、お金払いますから・・・!」
「いえ、構いません。先ほどのお詫びですし」
「でもっ!」

ルークの薬は桁が違いすぎるのだ。ある病気の為だけに作られた、特別な薬。

「でも、俺、」

言った所で、ひたりと唇に男の人差し指を当てられ、ルークは赤面する。

「な、な、なっ!」

「人の好意は素直に受け取ってください? ね?」

にっこりと綺麗な顔で微笑まれ、ルークは俯いたのだった。

2008/07/29















4.君の目さえ見なければ

目の前を歩く男は、初対面の男だった。薬屋の前でぶつかり、そして、自分の薬を買ってくれた人。 とても美しい顔をした青年は、ルークにとても優しく接してくれた。 余り人と接することがなかったルークは緊張しながらも、前を歩く青年を追いかける。
俺の家に送るとまでいってくれた青年の行為には、何の意味もないのかもしれない。
優しい人。でも、どうして?

「ルークさん」
「…………」
「ルークさん。どうかしましたか?」

ぼーっと目の前の男のことを考えていたルークはその男自身に声をかけられ、びくりと反応した。

「…え? あっ、はい!」

くすくすと笑われて、下を向く。男は大きな手で口元を押さえながらも謝罪する。

「驚かせてしまったみたいですね、すみません」

優しい色をした紅い瞳が細く三日月の形になって、ルークを見つめる。

「えっと、その」

彼の名前は自分の名を名乗るときに聞いたけれど、なんとなくどういっていいのか戸惑う。 男はそれを察したのか、あぁ、ジェイドでいいですよ。と一言。

「…あの、ジェイド、さん」

敬称もいりませんと言われたが、でも、俺を助けてくださった方ですし、ジェイドさんだって俺のことをさん付けにしているじゃないですかと断る。 ジェイドさんは苦笑して、まぁ、いいでしょう。と言った。

「どうして……どうしてジェイドさんは、俺に優しくしてくれるんですか?」

ルークは言いにくそうに、でもはっきりという。ジェイドはそんなルークに驚いた顔をした。

「困っている人を助けるのは、人として当然のことでしょう?」
それすらも知らないルークはそうなのか?と首を傾げた。

「でも、そんな何から何まで…」
「私の好意でやったことです。気にしなくていいんですよ」

それに、あなたのことが気に入ったんですとジェイドが鮮やかに笑ってやれば、ルークは顔を赤くして、でもでも!と言い返す。 ジェイドはそんなルークに、さも名案を思いついたとでも言うように言った。

「そういえば、話してませんでしたね。私は医者なんですよ、ルークさん。無償で主治医になってあげましょうか?」




ジェイド別人警報です。 2008/08/19















5.君が傍にいるだけで、こんなにも暖かい

結局、ジェイドという男はルークの主治医として家を訪れるようになった。薬代はいらない、診療代もいらない。 私がしたくてやっているのですからと、爽やかに笑って彼が押し切ってしまい、ルークは頷くことしかできなかったのだ。

「はい、今日の検診は終わりです。今日は随分と調子がいいようですね」
「うん、なんだかとても調子がいい。今までが嘘だったみたいだ」

重い病を患っていたルークにとって、まともに動ける日も少なくて。それ以外は無理やり体を動かしているのに過ぎない。 ジェイドが来るようになってからは、いくらか負担が減り、心も落ち着いてきたのか、体が丈夫になったような気さえするのだ。

「無理をしては駄目ですよ、貴女が重病人なのは確かなんです。今が平気だからといっていつまでかは「わかってるよ、大丈夫だ。こんなに元気なんだから」
「主治医の話を遮ってはいけませんよ。ルーク」
「わかってるって。少しでも何かがあったらすぐに言うから。な、そんなに心配しなくてもいいよ」
ジェイドが本気で言っているのを理解しているので、ルークはそういった。

あの日の帰り道に名を呼び合うようになってから幾日か経つ。 思えばこの男とは町で出会った赤の他人であった。ただぶつかっただけなのに、こうやって2、3日に一度のペースで着てくれて、 体の調子を見てくれて。ほとんどは自分から話しかけるのだが如何せん話題が少ないので、ジェイドはいろんな話をしてくれる。 体の所為で中々学ぶ機会がなかったので、ジェイドは主治医でもあるが教師のような存在でもあった。 ルークが質問して、ジェイドが答えて。ジェイドが問題を出して、ルークが答えたものがあってると、柔らかく笑って誉めてくれる。 その笑顔を見たい為に、頑張っているなんて恥ずかしくていえない。
ジェイドはいつのまにか、ルークになくてはならない存在になっている。彼がいない日は寂しいし、彼が来る日はとても幸せ。 ルークの懐きようが犬に似ている、そういってジェイドが笑ったときもあった。 とにかく、一人ぼっちの家にジェイドが来てくれる日だけは、屋敷がとても明るく見えた。かつての幸せだった頃を思い出せた。
だけど、とルークは思う。彼はどうしてここまで親切にしてくれるんだろう。普通に考えてここまでしてくれるのはおかしい。 それでも聞いてしまえば今までの関係が崩れてしまいそうで怖い。相手が何を考えているのか、嫌われてはいないだろうけれど何のためにルークに目を掛けるのか。 葛藤しながらも、時間だけは過ぎていった。

「………?」

朝は太陽の眩しさで目を覚ますのがルークの日課だ。壁に掛けてあるカレンダーを見て、あぁ今日は来る日だなと笑って。 ベットから立とうとした途端、立眩みが起きる。なんだか変だなと思ったけれど、一瞬だったのでまあいいか、あとでジェイドに言えばいい、と思った。
ふらりふらり、視界がぼやける。歩いているのに、ふわふわと自分が浮いているような不思議な感覚。

「あ……れ……?」
(じぇい、ど…、おれ、どうし……)

あぁ、怒られてしまう。おかしいと思ったときにはもう遅い。ルークの体は傾いて、そのまま意識を失ってしまう。
どさりと、倒れる音が屋敷に響いた。


急展開。早すぎたかな…
2008/10/18