男は小さく息を吐いた。星空は眩いが本を読むには、少しばかり光が足りないのだ。
けして子供に気をとられたわけではない。
ひっく、ひっくとしゃくりあげる声にいつもどおり知らないふりしていたかったのだが、これでは上手くいかないなと苦く笑いながらも、 毎晩夜遅くになると横のベットから聞こえてくる小さな泣き声に耳を傾けた。 そしてジェイドは知らずに溜息をこぼす。子供は、いつも独りで泣いていた。 その事実にさえ、気づかなかった昔の自分が愚かしい。

子供はとても脆かった。子供はとても幼かった。精神的にも、肉体的にも、どこもかしこも弱くなってしまっていたのに、 それに誰もが気づかなかった。否。ルークに抱かれて眠る小さな青い聖獣は知っていたのだろう。 もしこの場に導師がいたら、彼も気づいたはずだ。それほどまでに子供は、正直で、愚かで、そして幼く、思いを伝える術を真には知らなかった。 気配を消して子供の傍による。子供はいつも魘されている。繰り返し繰り返し謝罪を述べている。 何度も何度も、彼は「ごめんなさい」と口にした。


夜、魘されているのを知ったのはいつだったか。まだ、子供が私の過去を知らなかった時だった気がする。 記憶を辿り、そのときは何も感じなかったのにと再び小さく笑おうとするが失敗した。 魘された彼は、全てを拒絶する。誰も見えていない。何も聞こえていない。 以前起こしてやろうと、彼に手をかけたときに、激しく拒絶されたのだ。

揶揄い半分、心配半分(このとき私はどうしてか既に彼を気にかけていた)に彼を起こそうとした。


「ルーク、起きなさい」

そういって彼の肩を揺するために手を伸ばしたら、ばしりとその手は彼の手によって叩かれ、もとの場所に戻る。 今の彼の変わった様子からは考えられない、強い拒絶。 小さな痛みはそれによってかき消されて、ぐるぐると思考が急速に回転したが、答えはでなかった。

理解できなかった。

子供と、私自身が。

それから彼を正面で観察するようになり、彼を知る機会を自分から増やした。 周囲には驚かれたが、己自身でさえ戸惑っていたので、気にはならなかった。
彼の本質をみつけ、彼の子供の部分を知り、本当の彼が何であったのかを理解して。そして、もう遅かったのだと気づいた。気づかされた。 初めて拒絶されたあの時に気づいていれば、まだ良かったのかもしれない。だが、それでも手遅れだっただろう。 彼は、"彼"自身を形成できなくなっていた。周囲の人間の憎悪と険悪と侮辱の目にさらされ、彼は人形と化していた。 深い海の底に閉じこもってしまった本当の彼は、眠っているときにしか現れない。私はそんな彼を見ているしか出来ないのだ、と。


拒絶されたあの時から幾月ばかり経つが、ジェイドはまだ諦めきれずにいた。 だからこそ、こうして彼に近寄って彼の寝顔を眺めて。何度も繰り返していくうちに、 子供もジェイドが傍にいることになれてきたのか、そっと触れても拒絶はしなくなった。 そして魘されていた顔が少しだけ穏やかになり、静かに寝息を立て始める。
ジェイドは彼の布団をかけ直して、彼の頭をぎこちないながらも優しく撫でてやった。







2008/08/29→2008/11/17 chisa