あなたがいとしいのだと、言葉に出来たら、何かが変わっていたのでしょうか?
晴天の空、遠い、遠い空の向こうに、あなたはいるのでしょうか?
私はあなたに問うことさえ許されない存在で。この世界では異端の存在でした。
あなたが消えていくときに、あなたは全ての記憶を消しました。当然私の記憶すらも、一度は消えたのです。
夕焼けをみて、いつも戸惑い、何かに懺悔する私が滑稽で。なぜかを突き止めようとすれば、
思い出すなといわんばかりに頭が割れんばかりに痛み、どこにいても、何をしていても、頭の中に過ぎる赤い後姿の"彼"が、泣きそうに顔をゆがめて笑いました。
「あなたはだれですか」
問う私に、彼は首を横に振るだけでした。
私は、何年も何年も苦しみました。表面上何も変わりませんでしたが、彼が出てくる幻想は、いつまでたっても消えてはくれません。
日に日に鮮明になっていく、しかしあまりにも情けない顔をした"彼"が私に何かを伝えようと口をパクパクと開きます。
何を言いたいのでしょう。どうして彼はそんなに悲しそうな顔をするのでしょう。私には、理解が出来ませんでした。なぜなら私には感情も、死も理解できないのですから。
「あなたは、だれなんですか」
ぽつりと呟いた言葉は、彼に聴こえてしまったようです。彼は、涙を流しました。それから、ゆっくりと口を開くのです。
いつもは聞こえない声がします。その彼の声に、私は震えました。なぜだか無償に泣きたくなりました。
『忘れてくれ。忘れていいんだよ……、ジェイド。俺は、大丈夫だから』
彼はそういって消えていきます。なぜだか、私は彼を止めようとしました。もう二度と会えないような気がしたからです。
私は何かを忘れているような気がしてなりませんでした。大切な何かを、"彼"を忘れているような気がしたのです。
「いかないでください」
私が彼を忘れる前、彼は私の中でどれほどの位置を占めていたのでしょう。彼を見るだけで苦しくなる心は、今の私のものではないようです。
彼は、なぜ私の前に現れたのでしょう。いえ、それは私の心が彼をずっと求めていたからです。
今までの彼は"彼"ではなく私が生み出した幻でした。そして、今消えてゆかんとする"彼"は、私の求める"彼"そのものでありました。
「どうして、置いていくのですか」
彼はまた私を置いてゆくのです。罪深い私を、生きてくれと。幸せになってくれと、残酷なことに彼は言うのです。
「私はもう、あなたにはあえないのですか」
彼は、微笑み、頷きます。そして、生きろといいました。
「……ルー、ク」
そうだ。彼の名は、あなたの名はルーク。私の1番大切な、愛しい人。
目の前から彼はいなくなり、世界のどこにも彼は存在しなくなりました。私の心の中以外、どこにも彼はいません。
私は、私は、私は。彼のことを忘れていました。たとえ彼が忘れることを願っていても、けして、忘れることはしないと誓ったはずなのに。
――――私はそして、慟哭しました。
2008/05/18→2008/06/14 chisa