眠れない夜には、空を見上げて。息詰まったときには、目を瞑って。
流れた涙はそのままに。ただ、脳裏に幻想を描こう。
眠れない、落ち着かない。そんなのいつものことだ。まだ外の世界は暗いけれど、それでも星の光で満ちている。
見たことが無かった外の世界と、己のみだった小さな世界とのギャップは、すぐになれるものではない。
まだ、その輝きに、恐れを抱きながらも目を瞑る。そして、怖くないのだと、何度も呟いた。それもまた、何時ものこと、だった。
初めて宿が人数分取れなかった。誰かが二人部屋にならなくてはならない。討論の結果、結局俺とジェイドが二人部屋になってしまった。
二人きりになるのはたぶんこれが初めてだ。いつも嫌味を言ってくるジェイドは、なぜだか今日は何も口を開かない。
不思議に思って、聞いてみればやっぱりいつもの調子で嫌味がかえってくる。それでこそジェイドだ、と俺は笑った。
「なぁ、先に寝てろよ」
「おや、どうしてですか? 何かたくらんでいます?」
俺がジェイドを気遣うのが可笑しかったのだろう。彼はそう言った。
そんなんじゃないといえば、疑わしいですね、なんてきらりと眼鏡を光らせた。
「なんだよ、俺を疑うのか?」
「えぇ、いつもと違いますし。まさか変なものでも食べたんじゃないでしょうね」
「んな!! ちげーよ!!」
俺はなんだかだんだんイライラしてきて、つい怒鳴ってしまった。
「……しかたがありませんねぇ。貴方にしたがってあげますよ。貴方も早く寝なさい」
ジェイドが言う。俺が呆気にとられたままでいると、彼は早々にベットに入り、寝てしまった。
ジェイドからは小さな呼吸音が聞こえてくる。
「なぁ、もう寝ちまったのか?」
問うても返答はかえってこない。俺はジェイドが寝てしまったんだと判断して、一人窓から見える空を見上げた。
空は暗い藍色。そこに点々と星が光る。俺はその広い空に不意に泣きたくなった。何でかはわからないけれど、いつもそうなのだ。
一人きりなのだと、自覚してしまう。俺だけが、何かが違うと思い知らされる。たまらない恐怖に、体が震える。
「……眠れないのですか?」
突然横から聞こえてきた声にびくりと身動ぎして。振り向いたら、赤い目が俺をまっすぐに見ていた。
「子供は寝る時間でしょう?」
「お、俺は子供じゃねえ!!」
そう言い返せばくすりと笑われる。そしてジェイドはこちらへと一歩一歩近づいてくる。
「そうやってむきになって言い返すのは子供の証拠ですよ、ルーク」
「…………」
言い返す言葉が思いつかなくて、ジェイドを睨んでやったが、奴はびくともしない。
「眠れないんでしょう?」
「そんなこと……!」
ない、と言う前に目の前からジェイドが消えた。でも、そうじゃなくて。
背中に回されたぬくもりに、ジェイドが俺を抱き締めているのだとわかった。
「知っていました。えぇ、知らない振りをしてきました」
「な、何を言っているんだ?」
動揺を隠し切れずに聞けば、ジェイドはゆっくりと俺を放し、言った。
「貴方がおびえていた事に、ですね」
すみません、ともう一度抱き締められて、彼の腕に閉じ込められて。やめろよと訴えても、嫌ですとしかかえってこない。
温もりがじわじわと服を伝って、温かいと、思ってしまった。それは、イケナイのに。
だって、だって、俺は……。なんで?どうして俺は拒絶するんだろう。否定してるんだろう。怖いからだ。そう、怖いんだ。全部全部、何もかも全て。
「ルーク」
「放せよジェイド」
「ルーク、私は……」
「言うな!言うなよ!!…俺に構うなよ!!」
怖くて怖くて仕方が無くて。どうしようもなくて。
「いえ、言わせてください。……私は貴方のことが、好きです。貴方のことが、心配なのです」
「ぅ…ぁ……っ」
「ルーク。全て、一人で背負わなくてもいい。私にどうか貴方の感情を、貴方の苦しみを、分けてください」
どうして、こいつは、ジェイドは。俺の欲しい言葉をするりと、簡単に言ってしまうのだろう。
だって彼は だから。だからだ。
「ルーク。ルーク、貴方は一人でありません」
耳元で静かにささやかれる言葉の羅列は子守唄となり、眠気が襲ってきた。
「ジェイド……、お前さ。 だよな?」
呟いた言葉に、ジェイドは少し喉を震わせて。
「おやすみなさい、ルーク。よい、夢を」
そう言って、俺の頭をなでてそれから―――
「おはようございます、ルーク」
起きてすぐに横から声がして。その方向を向けば、ジェイドが何時もの顔で笑っていた。
「うわぁ! なんでお前が横で寝てんだよ!!」
「……一緒に寝ようといってきたのはルークだったじゃないですか」
「そんなのいってねーよ!」
そうでしたか?なんて首を傾げるジェイドに俺は我慢できなくなって拳を振り上げた。
ぱしり、とその腕をとられてまあまあと宥められる。
「ルーク、昨日言ったのは、本当のことですから」
一瞬だけ真摯な目に変わり、その後何時ものようにジェイドは俺をからかってくる。
まぁ、これから眠れない夜は来なくなりそうだからいいか。なんて、俺は小さく笑った。
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2008/04/29→2008/05/05 chisa