01:この距離を壊したくない
ジェイドの表情は、笑顔(偽物くさい)、無表情、時折イラついた顔の3つで構成されている。
ほかの表情はあまり見せない。照れた顔も、幸せそうな顔も(実際見たら怖くてジェイドの顔を見れなくなりそうだ)見たことがない。
そんなジェイドにルークは何とか普段見れない表情を見たいと悩んでいた。
「何がいいんだろう、普段おれがやってないことをすれば驚くかな」
(うーん、……そうだっ!)
ルークの顔はどこぞの逃亡好きの皇帝のように笑顔で輝いていた。
青い軍服。人ごみの中で一際目立つその色と、彼の蜂蜜色の髪。
後ろ姿だけでも、絶対に間違えない自信がある。
ルークはジェイドを見つけ、その後姿を追いかける。
「大佐っ!」
「…はい?」
ジェイドは振り返り、ルークを見下げた。何もいつもと変わらない。
しいて言えば少しばかり返事が遅れたくらいか。
「たぁいさ?」
ルークはジェイドを見上げ、もう一度と試した。
ジェイドは一瞬動きを止めると、口を押さえた。
成功したのだろうか?ジェイドは驚いたのだろうか?
……アニスの真似はそんなにおかしかっただろうか。
二度目は一向にジェイドは返事を返さない。
ルークはただジェイドのことを階級で呼んだだけなのに、と首をかしげる。
痺れを切らしたルークはジェイドの顔を下から覗き込んだ。
「なんだよ、もしかして…照れてるのか?」
ジェイドは思う。
情けない。こんな醜態をさらすなんて。
ルークが悪い。あんな顔で、上目づかいで、私を呼ぶから―――
ジェイドはいつものように、眼鏡をずれてもいないのに掛け直す。
その仕草が、なんだかおかしくてルークは笑ってしまった。
「ジェイド、なんかかわいいな」
(あなたのほうが、)
瞬間的に思ってしまった自身の思考に、ルークに心底惹かれているのだと確認する。
やれやれと内心呆れかえると、ジェイドはルークににっこりと笑った。
「そんなくだらないこと言っていると、お仕置きしちゃいますよ?」
「うげっ、やめろよ!もうしないからっ!!」
少しだけジェイドはルークの言葉に残念に思いながらも約束ですよと、誓わせる。
そして、ルークの手を引いてゆっくりと歩きだした。
ルークは触れているジェイドの手を見、そしてそっと横顔を見た。
まだ照れているのか、ジェイドの耳は赤く染まっていて、ルークはそっと忍び笑った。
無意識に近づく二人の距離に、どちらも気付かぬ振りをして。
2009/05/02 chisa
もぞりもぞり、ベッドから蹴落とした布団を無意識に手で探り、朝の寒さに震える。
まだ太陽は顔を出さず、外は薄暗いがどこからか鳥の鳴き声が聞こえる。
(もう少しだけ、寝ていたい)
伸ばした手に布団の感触を感じ、ルークはばさり、と布団をかぶった。
布団にもぐり、体を捻って横を向くと、隣のベッドに眠る男の姿が見えた。
「じぇ……?」
はっと口に手をやって押える。
彼は熟睡しているのか、耳を澄ませれば小さい寝息が聞こえる。
危ない。起こしてしまうところだった。ルークは小さく息を吐いた。
まだ、そこまで早い時間なのだろうか。
珍しい、と思う。
ルークが起きてくる頃にはジェイドはいつも余裕に起きて、本を読んでいるか、部屋にはいないか。
この頃なぜか部屋が一緒になることが多いのだ。
―――ジェイドが、優しい。
優しい、ということは、わかっていたけれど、彼は露骨に態度に示すような男ではなかった。
だが、今は違う。気づけば横に彼がいて。毎日のように診察だと脈を測る。心配だと目が言う。
偶に熱を孕んだ赤い瞳が、俺を見ることを知っていた。
邪心のない微笑なんかは、仲間にも、ルークにも、ある意味恐怖だ。
しかもその顔はルークの目の前でしかしない。
怪我をすれば嫌味まじりに心配するような言葉をいう。
こんな奴だっただろうか。
そうルークは疑問に感じていた。
「どうして、かな」
ルークはジェイドを凝視する。
視線を感じたのだろうか、ジェイドは形のよい眉に少しだけ皺を寄せ、身じろぎした。
あわてて視線をジェイドからはなす。
ジェイドを見ていた時間はほんの少しだったはずなのに、長い時間がたった気がした。
寝よう。忘れてしまおう。次に起きた時にはジェイドが起きている筈だから。
(おやすみ、ジェイド)
ルークが再び眠るとジェイドはもぞりと起きだした。
「……いつか私は、あなたに伝えるでしょう」
(あなたの疑問の答えを)
ルークが疑問を持っていることは知っていた。ルークが起きたことも分かっていた。
ジェイドは狸寝入りをしたのだ。そしてそれにまんまとルークは騙された。
ジェイドのルークを見る視線はとてもやわらかく、死霊使いと呼ばれる男に相応しくない、優しさにあふれていた。
2009/05/23 chisa
03:怖いのは拒絶されること
瘴気をまとっていた空は浄化され、穢れのない空は夜の薄暗い明るさでいっぱいに輝いている。
眺めれば眺めるほどに飽きない空は、狭い窓からのぞいた星々の何倍もの数を夜空に示していた。
オールドラントの空に散らばる譜石を越えた、さらにその先にある星の光で外が歩けるほどだ。
星に名前があることは知っている。でも、どれがなんという名前なのかは知らない。
ジェイドあたりに聞けばわかるだろうか。
でもきっと、笑われる。笑いながら、彼は教えてくれるだろう。
彼は苦笑して、仕方がないですねぇ、というのだ。
彼は、とても優しいから。だから、俺はジェイドに甘えてしまう。
世界にすらも、甘えているようなきがしてしまうのだ。
だって生きているのさえ、もう、時間の問題なんだと思う。
それを延ばすのは、俺の意思と、仲間の意思と、そして、世界の。
生きていたい。死にたくない。もっともっと、一緒にいたい。願う。星に願う。
空の星は動かない。気配を隠さずに後ろに立つ、ジェイドに向かいルークは言う。
「まだ、死なない」
ルークの声が、力強くジェイドのこころを叩いた。
「……だろ?ジェイド」
意識だけは、ジェイドに向けて、ルークは夜空を見上げる。
瞳に映る星々は、キラキラと瞬く。
それはルークの瞳に輝きを与え、瞬きをする度に、それは一瞬の影を落とす。
ジェイドも空を見上げる。
その瞬間に、星が空に流れた。流れ星が、一瞬のうちに落ちていく。
それは美しかった。そして儚かった。
ジェイドはルークを見つめる。
ただ、存在している、それだけで輝いているルークは、まるで今見た流れ星のように。
触れれば、消えてしまいそうなほどに儚い存在であった。
「そう、ですね」
ジェイドはのばした腕にルークの存在を感じて、その輝きを失わないように、強く、抱き締めた。
世界の中で唯一それだけが、輝いていた。
2009/05/02
音素学の本が並んだ棚から一冊の本を手にとって、中身をパラパラと捲る。
あぁ、これはあの子には難しいだろう、なんて考えて、ふと我に返った。
(私は何をしているんだ……)
気づくと朱毛の子供事を考えている。
子供の為に何が出来ないかと無意識に考えている。
(馬鹿らしい)
子供に教えることを放棄したのはこちらの方なのに、何故。
無意識に横にある本をとり、パラパラと捲る。目は文章をたどっていく。
周りには人がいないのでこの可笑しな行動を目にするものは居ない。
頭では止めようと思っているのだが。
(ふむ)
体は言うことをきかない。ならば、仕方がない。
(あの子供が読みやすい本でも探してあげましょうか)
何だか負けたような気がして、手の動きを一端止める。
両手が思い通りに動くことを確認すると再び本を手に取った。
取ったのは朱色の表紙の本だった。
何故か子供の笑う姿が思い浮かぶ。そんな自分が可笑しくて苦笑した。
(これでいいですかね)
中身はあの子に申し分ない。解らないのなら聞けといえばいいだろう。
子供は、喜ぶだろうか。
宿屋にいた子供に手渡してやると、嬉しそうに笑った。
(また読みやすいものでも買って上げましょうか。絵本でも喜ぶでしょうかね)
過去拍手
2009/04/26 chisa
彼の後姿は遠い。
どんなに追いかけても追いかけても、距離は縮まることはなく。
逆に遠ざかっていくばかりで、肩を掴もうにも手は届かない。
なぜ彼は立ち止まらないのだろう。
なぜ私は走らないのだろう。彼の名を呼ばないのだろう。
歩いて追いかけた。彼が振り返ることを信じていた。
走らないと、彼を呼びとめないと、もう、彼は行ってしまう。
理解しているのだ。彼は止まらない。止まれないことを。
解っているのに、私はゆっくりと歩く。
余裕を見せ、彼の後を追いかける。
(ルーク)
彼の名を呼ぶのは心の中だけだ。
心では叫んでいるのに、声には出てこない。
遠くて遠くて。霞んでしまいそうなほど遠くなって、漸く言葉に出した。
「ルーク」
彼の名前を。
彼にはもう聞こえていないだろう。立ち止まらないだろう。
私が走って彼を追いかけない限り。
もっともっと大声で、彼の名を呼ばない限り。
(私は走るだろう。彼の場所まで、彼がどこかへいってしまう前に)
(私は彼の名を呼ぶだろう。何度も何度も、彼を立ち止まらせる為に)
2009/05/23 chisa