白い世界、温かい光。陽だまりのようなその場所を。
温かくて優しくて、まるで母上みたいだと、子供は言った。
母の温もりを感じたことはないけれど。いつまでも離れがたい、その温かさ。
ルークと呼ばれていた少年は、その光の中に全てを委ねていた。
彼の身体はもうない。ただ思念だけが存在した。
「おはよう、我が愛しい息子よ」
「おはよう、父上」
今日は何をするんだ?と幼い子供はわくわくと父親に問う。
「そうだな、下界に降りてみるか」
「本当?!」
目を輝かせ嬉しそうに幼子は言う。
何も穢れを知らないようにみえる彼は過去、重い罪を背負い、悲痛の死を遂げた。
それは肉体と精神が離れる、いわゆる人間の死というものだった。
だがレプリカという存在だった彼には死を遂げたといっても、普通の人間のような死ではない。
彼はほぼ第七音素で出来ていたから、ローレライのように音素として意志を持つ者となった。
記憶はローレライによってほとんどを消され、肉体年齢ではなく精神年齢の7歳の子供となった彼は、
ローレライにとっては可愛くて仕方がない存在である。
「父上、父上!早く行こう!」
くいくいと引っ張るルークにローレライは苦笑しながらも、はいはいとルークを撫でた。
……今更だが彼らは思念体である人間から言わせれば幽霊の様なもの。
一応ローレライは人型をとってはいるがルーク以外には見えないので意味がないのである。
「ルーク!あまり離れるでないぞ」
地上に降りたルークは、はしゃぎ回りそこら中一杯に咲いた白い花を一輪摘む。
「父上、これはなんていう花なんだ?」
「それはセレニアの花だ」
懐かしそうに目を細めてローレライはルークに言った。
「セレ、ニア?」
消したといっても、ルークの心の底に刻まれた記憶は消えてはいない。
忘れてるだけ、とも言えなくはない。ローレライは黙り込んだルークにあわあわと焦り出した。
「ルーク、ルーク!どうした?」
「分からない……何か、胸の奥が痛いんだ。」
胸を押え俯くルークをローレライは必死に励ました。
―――その時、花を掻き分け歩いてくる誰かの足音が響く。
ルークはそれに反応して、パッと顔を上げた。
「だ、れ?」
胸がざわざわと騒ぐ。言い様のない不安がルークを襲った。
対しローレライは酷く冷静にやって来る人物を見つめた。いつもの彼からは考えられない様な冷たい視線で。
その人物は、ルーク達のいる場所に来ると跪いて祈りを天に捧げ始めた。
美しい、男だった。蜂蜜色のさらさらな長い髪。
眼鏡の奥に一瞬だけ見えた瞳は緋色で、顔は非常に整った青い軍服を着た長身の男。
彼は長い間、祈りを何かに捧げていた。
ルークには全くわからなかったが、長く生きているローレライにはわかったのだろう。酷く眉を顰め、苦々しい顔をした。
「父上?どうしたの」
子供は父のおかしい様子を敏感に感じ取り、ローレライに問い掛けた。
「あぁ、すまないな。大丈夫だ、ルーク」
すぐに表情を和らげ、ルークの頭をがしがしと撫でる。
いつもよりも強い力だったが普段の父に戻ったローレライにルークはほっと笑った。
「あの人、何を祈ってるんだろう?」
不思議そうに呟いたルークは先程ざわついた胸をそっと撫でる。
とくりと、ルークの中に何かが生まれた。
「……?」
「ルーク、そろそろ行こうか?」
ローレライは優しくルークに言う。
「ううん。もう少しあの人を見てる」
だめ?とルークはローレライを見上げるがローレライはそうかと言った限り何も言わない。
ルークは男を見続けた。男は一度足りとも動かない。その姿は、時間が止まったかのように感じさせた。
どれだけ時間が経ったのか、辺りは段々と明るくなっていくが、セレニアの花は逆に萎んでいく。
男は諦めたかの様に深い溜め息を吐き、身を翻した。
「あ……」
待って。といってしまいそうになったルークは混乱しながらも男に悲しそうな顔をする。だがルーク本人はそれに気付いていない。
『「ルーク」』
男と父の声が重なった。
『愛しています、ルーク。いつまでも待っていますから。ですから……帰って来て、ください』
懇願する声は、誰に宛てのもの?彼の哀しみは、彼の苦しみは、俺の、せい?
父の呼ぶ声は遠くなり、その代わり男の声がルークを惑わす。
『ルーク』
愛しげに呼ぶ男の姿が誰かとダブると思ったその時、ルークは行動にでていた。男を、抱き締めたのだ。
(かなしまないで、いとしいひと。なぁ、×××。おれはここにいるよ)
名前が思い出せない。大好きなこの人の名を。
(きづいて?おれは、おまえのそばにいるから)
彼は第七音素だけ素質がない。それが仇となった。
ルークの存在に、気付けない。だけれど、彼は足が凍ったかの様に動かなかった。
「父上、いや、ローレライ。お願いだ…」
彼にもう一度逢わせてくれ。
記憶の戻ったルークがローレライを見つめる。言葉に詰まるローレライ。
「……それだけで、いいのか?」
ぽつりと呟いたローレライの声にえ、とルークは瞬く。
「……願って、いいのか?」
(この浅ましい想いを、)
「私はルークの味方だ。いつだってそうだっただろう?」
「……っ!」
激しくルークは首を縦に振り、嬉しそうに潤んだ目をローレライに向けた。
「さぁ、願え。ルーク、お前の望みを」
(俺は、彼の傍にいたい。彼の傍でずっと、生きていたい―――っ!)
ふわりふわり。ルークに音素が集まっていく。それがルークを成形し、形となって現れた。
辺りは光に包まれる。
男は驚愕した顔で、抱きついていたルークを見た。
気づいたのだ。彼は、ルークの魂を。
「……ルー、ク……?」
震える声は、どんな感情を示しているだろう。彼に写る俺はどんな顔をしているだろう。
俺は、なんて言ったらいいのだろう。ずっと待っていてくれた、彼に。
「×××、俺は……」
言葉は彼によって遮られる。放さないといわんばかりに強く抱き締められ、彼の体温がルークに伝わる。
長い間この場所に居たせいか冷たくなった彼の体はそれでもルークを温かくさせた。
熱い吐息がルークの顔にかかり、交わる視線の先には互いが写る。
「ルーク、逢いたかった……」
「―――ジェイド!!」
確かめるように彼の名を呼ぶ。彼は、優しく微笑んでくれて、待っていましたよとルークを撫でた。
昔のように、優しく大きな手で。
「随分待たされましたからね。……もう放しはしません。いいですね?」
不敵に笑う彼の目には涙が一筋。それをルークは己の手で拭い、そしてゆっくりと頷いた。
「ルーク、好きです」
「ん、俺もだ」
彼らの周りには彼らを祝福するかのように、夜しか咲かない筈のセレニアの花が辺り一面に咲き誇っていた。
(もう間違えたりはしません。彼を放すことなど、二度とない)
(逢いたかった、ジェイド。ずっと俺はお前の傍に、)
<軍人の恋物語で10題10:支え、支えられて続く関係>
ただルークにローレライを父上と呼ばせてみたかった。それだけ。
08/01/03 chisa