橙と紫の混じり合った匣兵器。
 二色がそろったその珍しい匣を風紀財団のトップである雲雀恭弥は伝を頼って手に入れた。
 誰にも邪魔のされることのない雲雀のアジトの一室で、雲雀は珍しい匣兵器に己の炎を注ぎ入む。
 何かが蠢く気配に、何が出るのだろうかと雲雀の口元が自然と上がった瞬間、ぼわんと煙る視界に雲雀は目を細めた。
 煙がはれ、視界がひらけてくると雲雀は匣の様子に変化がみられないかとよくよく観察する。
「……?」
 一回きりの使い捨ての匣だったのか、それはすでに壊れていた。
 いつの間に―――しかも匣が開いたときに何かが出てきた気配はあったのに、匣の残骸以外そこには何もない。一体なんだというのだ。
「あっ、あの……!」
 部下の声ではない、少年のような高い声―――侵入者、か?
 ここには雲雀の許可を得ない限りだれも侵入できないはずなのだが。
 雲雀は警戒するように視線だけを動かして辺りを見渡した。
「こ、こっちです、こっち!」
 その声がするのは雲雀の足元。
 必死に雲雀に気づいてもらおうと、真っ裸な少年の姿をした小さい生き物が雲雀のスーツを引っ張ってくる。なんなのだこの生き物は。
 雲雀は無言でその生き物を持ち上げる。ふにゃりとした感触である。
 大きさは3寸くらいだろうか。
 人間のような体つきをした―――歴とした男の象徴のある―――小さな生き物。人間の言葉を操る、謎の生命体だ。
 これは雲雀の求める七不思議のひとつなのだろうか?
「はじめまして、ご主人様!」
「―――は?」
 俺の名前は綱吉って言うんです。ご主人様のお名前は?
 綱吉と名乗る生き物がぴよんぴよんと跳ねるようにアピールする。意味が、わからない。
 生き物は小さい顔の半分以上が目なんじゃないかというくらい目がでかい。その瞳の色は琥珀色だ。その分、他の部分のパーツは一つ一つが小さくて、幼い顔をしている。体つきはぷにぷにとしていて子どもっぽい。ふわふわした茶色の髪が重力を逆らってあちこちにはねていた。
「―――君、何?」
「俺は、匣兵器です。さっきご主人様が匣から俺を出してくれたから、あなたが俺のご主人様です! ご主人様のお名前、教えてもらえないでしょうか」
 雲雀はこの世には不可思議なことが多く存在することを知っている。匣兵器だって、謎の一つだ。 
 自分を匣兵器だという生き物が嘘を言っているとは雲雀には思えなかった。この生き物が匣兵器だと自分で言うのだからそうなのだろうと己をなんとか納得させる。……人型のものなど聞いたことがないが。
「君、何ができるの?」
「俺ですか? ……うーんと、わからないです」
 雲雀の炎で反応したのだから属性は雲だろうか。いや、匣は壊れてしまったから別の属性だろうか。小動物でも匣兵器は見かけによらない力を発揮することができると雲雀は知っているから、これが何もできないはずではないだろうと雲雀は思考する。しかし考えてみても未知の生き物なのだ。雲雀のなかで解答など見つかるはずもない。
ふう、と溜め息をつく他なかった。その息で綱吉が揺れる。これほど弱い生き物が匣兵器。しかし言葉で意志疎通ができる珍しい人型だ。 
 ……きゅるんとした瞳が雲雀に何かを求めているように見える。
 ―――あぁ、僕の名前が知りたいんだったか。
「……雲雀」
「へ?」
 おかしい。ご主人様?ときょとんとかしげる小さな生き物が雲雀には小動物にしか見えなくなってきた。
「雲雀恭弥だ」
「っ!! ヒバリさま!」
 ご主人様なんてむず痒いといえば綱吉という生き物は、ぱぁぁと顔を明るくさせ、にっこにっこと嬉しそうに笑う。可愛くなんて、ない。
「……様はやめて」
「でしたら……ヒバリさん?」
「それならまぁ、いいよ」
 ヒバリさんありがとうございます、と小動物が全身をぷるぷると振わせて喜びを顕わにする。
 そんな綱吉の真っ裸な体が雲雀の目に映る。この子寒くはないのだろうか、なんて先ほどまで気にならなかったそれがやけに目に入る。
「……君、自分が何も着てないってことわかっててやってるの?」
「え…? ……っご、ごごごめんなさーいっ!!!」
 綱吉は恥ずかしそうに顔を真っ赤に染め、自分の体を雲雀の視線から隠すように縮こまったのだった。

 それから雲雀は小動物に衣服を与えた。
 少年の姿をした小動物は生まれたばかりの雛のように雲雀の後にくっついてまわるようになった。
 小動物は自分が匣兵器だということ以外何もわかっていなかったのもあるし、雲雀にしかその姿は見えないのだということがわかってからもともとほとんど雲雀の側から離れなかった綱吉は尚更雲雀の側から離れなくなったのだ。
「雲雀さん以外には俺の存在見れないんですね……」
 泣きそうな顔でくしゃりと笑う綱吉のことを雲雀は忘れられない。
「ヒバリさんヒバリさん、俺が何かできることありませんか?」
 何もできない小動物のくせに、何か雲雀のためになることがしたいのだといじらしく雲雀の回りをうろちょろと動き回る。
「……君ができることなんてなにもないよ」
「ふわぁ!」
 雲雀が軽く突いただけで倒れてしまうのに、何をしようというのか。ふう、と小さな綱吉の服をつまんで雲雀は綱吉の指定席とかした胸元のポケットにポイっと綱吉を入れた。もがもがと綱吉の抗議の声がする。
 ポケットの中からよじ登ろうとするので雲雀は顔の目の前に綱吉をやって呆れた顔をする。
「その、あの、えーとっ」
「……君ねぇ、」
 雲雀の吐息だけで飛んでいきそうな綱吉に、あぁ、もうと溜息をつきたくなるが綱吉が本当に飛んでいってしまいそうなので止めてやる。
「……大人しくポケットに引っ込んでなよ」
 君にうろちょろされると気が気じゃないんだよ、と小動物に小言を言えばごめんなさい、としゅんとした顔をしてポケットの中にそろそろと戻っていく。じぃとポケットを見つめていれば視線に耐えられなかったのか、それともふっきれたのかひょっこりと顔を出して雲雀の顔をうかがうように上目遣いになる。
 ……これの本来の使い方って、ただの愛玩用なんじゃないだろうか、と雲雀は考えている。雲雀には小動物を愛でるという趣味はないけれど、それでも小動物を見ていると心が凪いでいくような気がした。
匣が壊れてしまったので綱吉は常に雲雀の側にいるしかない。さらに言えば雲雀が直接綱吉に炎を与えるしか綱吉が生きていく方法はない。そんな、雲雀がいないと生きていけないような弱い小動物なのに。
「何度言ったらわかるの?」
 つんつんと綱吉を苛めて遊ぶ。
 綱吉の容姿も性格もなにもかもが雲雀の好みだった。それもど真ん中のどストライクだ。
 雲雀としては目に入れても痛くないほど溺愛しているのだがそれを面にだしてはいないので綱吉は気付かない。雲雀以外に見える人間もいないから誰も気づかない。
 僕が安心できないから、君はこの中にいること!なんて口が裂けても言えないのだ。
「うぅ、ごめんなさい……でも、なんか、ヒバリさんが持ってるその紙を見ると俺の中がざわざわするんです。俺、勘だけはいいことヒバリさんも知っていますよね?」
 琥珀色の瞳が橙色となって爛々と輝いている。纏う雰囲気までもがピンとはりつめたものに変わっていた。 
 雲雀ははっと息をのむ。
 この状態になった綱吉がもたらす情報は、鵜呑みにしてはならない。この子がこうして時おり訴えてくるのは雲雀に何か不利益が生じようとしているときなのだ。
―――そして、案の定綱吉が訴えてきたものを詳しく調べてさせてみれば相手の組織は黒だった。

「俺、ちゃんとお役に立てました?」
「そうだね、助かったよ」
「よかったぁ」
 綱吉は集中力が切れたようにふぅと一息ついた。綱吉の張りつめた雰囲気が元のふわふわ、ゆるゆるしたものに戻っていく。
 大丈夫かい、と雲雀が綱吉に手を伸ばした。雲雀の声にふわりと笑って、綱吉は雲雀の指の先に甘えるよう抱きつく。そんな綱吉に雲雀の炎をたっぷりと注いでやる。綱吉の頬がつやつやぷくぷくとしたのを確認して雲雀は炎を注ぐのを止めた。 「ごちそうさまでした!」
 綱吉は満足げにけふぅ、として雲雀の胸元のポケットに入りたいと腕を広げるので雲雀は綱吉をそっと持ち上げた。
「ヒバリさん。……ずっと、ずっとお側に居させてくださいね」
 えへへ、と綱吉が照れくさそうに笑う。……可愛い。いじらしい。雲雀は正直に認めざるをえない。
「……当たり前だよ」
 目尻が赤く染まったことを小動物に悟らせないよう小動物をポケットの中に下ろし、雲雀は綱吉だけに聞こえるように、そっと呟いた。






マイステディ!


こまさん誕生日おめでとう記念にこっそり書いちゃったお話。 気分はダメダメなランプの妖精あるいは豆ツナ、な綱吉くんが匣兵器なおはなしでした。 あんまり甘くないのとちょっと説明文多めなのが残念…。
2013/02/15(2/14にpixivにてUP) chisa