――――生まれたときからずっと一緒だった。

黒いから“雲雀”さんよ、と奈々が言った。家光は、雲雀は灰色だろうと言って笑う。
なんだか鳥みたいだなぁ。いいじゃない、猫は自由に生きるものですもの。鳥のように自由に羽ばたいてほしいわ。でもなあ、雲雀だけじゃそのままとっただけだろう?そうねえ、じゃあ雲雀は苗字にして、ちゃんとお名前を付けてあげましょう。恭弥なんてどうだ?雲雀恭弥、綺麗な名前だろう?まぁ、喜んでくれているみたいね!そうだな、奈々。うれしいわぁ、私達の子供が二人できたみたい。ツナも楽しそうだしな。えぇ。ツっくん、その猫さんの名前は雲雀恭弥っていうんですよ。何だか俺は、嫌な予感がするぞ。あらどうしたんです?ツナが始めて話す言葉がパパじゃなくて、あの猫だったらどうするんだ!!そうねぇ、とっても仲良しさんですもの、そうなるかもしれないわねぇ。奈々ぁっ!!

雲雀恭弥と名付けられた黒猫は、赤ん坊である綱吉の小さなベッドで綱吉に遊ばれていた。綱吉が生まれた日、その黒猫は沢田家にどこからともなくやってきた。まだ小さな黒い子猫は綱吉とあったときから、ほとんどその側を離れようとはしなかった。
彼はとても賢い。そしてとてもわかりやすい。綱吉以外には懐こうともしないのだ。奈々には餌や世話などしてもらっているからか、少しだけ態度が軟化してきていたが、家光には違った。家光の顔を見るだけでシャアアと威嚇し、綱吉に近づこうとするだけで咬みつき、引っ掻こうとする。家光はそんな雲雀に手を焼いていながらも、綱吉が嬉しそうにきゃあきゃあと笑うから一人と一匹を引き剥がせないのだ。
「あいつ、俺が名付けてやったんだから、少しは態度を改めてくれりゃあいいんだがなぁ」
「うふふ、恭弥君はツっくん一筋ですもの。それに、あなたには私がいるじゃない?」
「奈々っ!!」
ぎゅうぎゅうと奈々を抱きしめて、頬ずりをする家光の様子を見ていた雲雀恭弥と名付けられた黒猫は呆れたようにニャアと一つ鳴き、雲雀と遊んでいて疲れて寝てしまった綱吉に寄り添う。
家光と奈々はそんな雲雀と綱吉の眠っている姿をみて微笑した。可愛い(一匹は家光にとって可愛くない)子供たちが、幸せそうに眠っている。それは、とても幸せな光景だった。



「ツっくん、雲雀恭弥くんっていうんですよ〜」
にゃあにゃあと子猫が綱吉に向かって鳴く。話が通じているみたいに綱吉があうあうとまだ言葉にならない返事をするものだから、奈々はニコニコと笑った。あの子は、ツっくんに名前を読んで欲しいのだと奈々は知っていた。なぜなら恭弥君と子猫の事を呼ぶと、嬉しそうにぴくりと尻尾を動かす子猫を知っていた。家光につけてもらった名前を雲雀はとても気にいっているのだ。
「うー? きょー、きょー!!」
「まあ、ツっくん!今なんて言ったの?」
「きょー!」
「その調子よ、ツっくん! きょーや、よ!」
綱吉が頑張って恭弥と言おうとしている。奈々はハンディカメラを手にしながら応援した。子猫は、じっと見守っている。
「きょー! やっ!」
「凄いわ! ツっくんっ!」
ツっくんが喋った、ときゃあきゃあと奈々は喜びをあらわにしながらにしながらも綱吉と雲雀を撮り続ける。子猫は、よくできたと褒めるように綱吉の頬を舐めてにゃあんと鳴く。そうして、もう一鳴き。僕は雲雀恭弥だよ、早くちゃんと言えるようになってね、と尻尾を振った。



「ツっくん、どうして恭弥君のことちゃんとお名前で呼ばないの? 小さい頃あんなにきょうや、きょうやって呼んでいたじゃない」
「だって、ヒバリさん怖いんだもん! 俺が体触ろうとすると威嚇するんだよ?! 自分からくるときは擦り寄ってくる癖にっ!」
「あら、それとは関係ないんじゃない?」
「〜〜なんとなく、だよ!!」
可愛い我が子は反抗期に入ったようである。まだ可愛らしいものではあるが、それはツっくんがしっかりと成長している証。家光さんが出稼ぎに行ってしまってからこんな調子。
「だいたいヒバリさんって、俺が生まれた時にやって来たんだから、かなり年寄り猫なんじゃないの? あいつ、元気すぎるよ」
「あら、元気なことはいいことよ」
奈々も不思議に思っていた。子猫は綱吉が生まれたときからいつの間にか綱吉のすぐそばに居て、綱吉と同じ時を過ごしてきた黒猫の恭弥君。何処から来たのかは全く分からないけれど、綱吉よりも先にこの世に生まれてきたのは確か。あれから10年以上が経とうとしている。恭弥君は大きな病気にかかることもない、丈夫で美しい成人猫だ。
「ツっくん、もし恭弥君がとつぜんいなくなったらどうするの?」
「そんなの、考えられないよ……」
ずっと、一緒に過ごしてきたのだ。居なくなるなんて考えられない。
「でもね、恭弥君は人間ではないのよ。……だからね、ヒバリさんじゃなくて、恭弥って呼んであげた方が恭弥君は喜ぶと思うわ」
「……う、ん。ヒバリさんが帰ってきたらそう、する」
いつも綱吉の側にいた猫はいつからか一匹で外に出かけるようになったから、今は一緒にいない。綱吉が学校に通い始めたあたりからかもしれない。綱吉が苛められた、と泣きながら雲雀に話すと、雲雀はペロペロと綱吉の頬を舐めて慰め、次の日になると必ず綱吉と一緒に学校についていく。綱吉が帰る頃になるとどこからともなくやってきて、二人で一緒に帰るのだ。そして、同じ人からの苛めはいつのまにか止まる。綱吉を苛めていた人たちは綱吉を見ると青ざめてどこかに逃げて行ってしまうようになるのだが綱吉はそれに気づいていなかった。
「恭弥君にプレゼントでもあげてみたらどうかしら?」
「それって、食べ物とか?」
「いいえ! 首輪、よ!」
「ひ、ヒバリさんが首輪?! 絶対嫌がるよ!!」
「そう? 案外、気に入ってくれるかもしれないわよ?」
ツっくんがあげる物ならなんだって喜ぶわ〜!ね、そうしましょう? そう言って奈々は楽しそうに笑った。
「でもさー、ヒバリさんってそういうの嫌いじゃないかなぁ」
「そんなことないわよ! そうねぇ、リボンでもいいんじゃないかしら」
「え゛リボン?!」
「絶対可愛いわ、恭弥君にはリボンよ!」
ツっくん、今から買ってらっしゃい。恭弥君に会ったらちゃんと呼んであげるのよ!と綱吉を外に出させる。
「ツっくん、寄り道してきてもいいわ。外でたくさん遊んでらっしゃいね」
本当はとっても優しくていい子なのに綱吉はあまり友達がいない、いじめられっ子だ。学校が終わったら、家にほとんど引きこもってゲームをしたり、マンガを読んだり、恭弥君と遊ぶことしかしない。奈々はそんな綱吉がとても心配だった。
「え〜、……しょうがないなあ」
お小遣いを受け取った綱吉は、面倒臭そうにしながらもどこか嬉しそうに返事をしたのだった。

綱吉が家を出て商店街に向かって歩いていると、にゃあんと雲雀がどこからともなくやってきた。
「わあ!!どこから来たんだよ、ヒバリさんっ!!」
突然のことに綱吉は驚き、いつものように呼んでしまった。先ほど奈々と交わした約束を覚えてはいたが、何となく恥ずかしい。ヒバリさん呼びに慣れてしまったからだ。今になって呼び方を直すなんて、なんだかむず痒い。
「ヒバリさん。あのさあ、ここら辺でリボンとか売ってるお店、知ってる?」
猫の癖に、綱吉よりもかしこく、強くて物知りなヒバリさんのことである。知っているのではないかと思って聞いてみれば、くいくいと綱吉の足の裾を引っ張って、こっちだと案内をしてくれたのだった。
雲雀が案内した店に着き中へ入ると、リボンを売っているコーナーがある。綱吉はずらりと並んだ色とりどりのリボンの山に圧倒された。
「ねぇ、ヒバリさん。……どれがいい?」
まったく決められそうにないので本人に聞いてみる。ギラリ、自分で決めろといったように睨みつけられた。
「……じゃあ、さ。これで、いい?」
直感で手に取った赤いリボンを雲雀に見せれば、ニャアと返事をしてくれる。どうやら気に入ってくれたみたいだ。ほっと息を吐き、レジで支払いを済ませて早々に店から出てくれば、雲雀はその後をついてきた。近場の公園まで来て立ち止まった綱吉は、くるりと雲雀のいる方に振り返った。
「えーっと、その、ね、はい! これっ」
黒猫にリボンの入った袋を差し出せば、彼はその袋を破ってリボンを取り出す。そして綱吉に向って首につけろとでも言うように銜えてよこす。
「うん、すっごく似合う!!可愛いよ! えっと、その……恭、弥」
綱吉は雲雀の首に赤いリボンをつけてやると、可愛くなった彼の全身を眺める。そして、雲雀に向かって褒めると、このまま勢いでいてしまえ、と顔を真っ赤にして彼の名前を途切れながらも呼んだ。すると雲雀はそっぽを向く。
「え……オレが、恭弥って言うのいや?」
しょんぼりと落ち込む綱吉に、雲雀は違う、そうじゃないといっているようにと鳴く。
「じゃあ…嬉しい?」
綱吉がそう聞けば、猫パンチが飛んできたのだった。



「おーい、ヒバリさん! どこ〜?」
最近はご飯の時間になると帰ってくるヒバリさん改め恭弥が(でもやっぱりヒバリさんに戻ってしまった)なかなか帰ってこない。家中を探して庭も探しても彼は見つからない。
「母さーん! ヒバリさん見てない?」
「見てないわよ〜、そのうち帰ってくるんじゃないかしら?」
「でも……オレっ、町の中探してくる!」
なんだか嫌な予感がした。
「ヒバリさん、ヒバリさんっどこにいるの?!」
綱吉は黒猫を探して必死に町中を走り回る。不安で不安でどうしようもない。いつも綱吉が辛そうにしていたり、悲しそうにしていると頬を舐めて慰めてくれる優しい黒猫が、どこにもいないのだ。綱吉は涙をこぼしながらも一生懸命に探す。だがそれでも見つからない。
綱吉は直感でなんとなくわかっていた。最近特に外出をするようになった彼。生まれたときから一緒だった猫が、最近になってからどこかよそよそしくなったのだ。
―――彼はもう二度と戻ってこないのだろう。
でも。どこかで、腹を空かせてはいないだろうか。もしかしたらヒバリさん、怪我をして動けないんじゃないだろうか。もしかして、もしかすると。
『ツっくん、もし恭弥君がとつぜんいなくなったらどうするの?』
母さんの声が聞こえてくる。…ヒバリさんがいなくなったら、オレは……何もできなくなっちゃうよ。今よりももっともっとダメダメになっちゃう。ヒバリさん、お願いだから。早く、帰って来て。
その願いが叶うことは、なかった。



雲雀がいなくなって、約一年。綱吉は今年で漸く中学生になった。
雲雀がいなってからもずっといじめられっ子だった綱吉はいつも俯いて歩くようになった。だってヒバリさんがいないのだ。何をしたって、楽しくない。面白くない。つまらない。
俯いて歩いていた綱吉は、ドン、と目の前の黒い背中にぶつかった。いててて、とぶつかった低い鼻を手でさすりながらも、謝ろうと顔を上げる。
「!! す、すみませんでした……っ!」
目の前の男は学ランである。並盛中の風紀委員の証。つまりは不良である。どうしてこんな人に当たってしまったんだ俺は!!と土下座をする勢いで何度もぺこぺこと謝る。
「……にゃあ」
黙っていた学ランの男は、突然綱吉の頭上で鳴いた。そして、僕は雲雀恭弥だ、と今度は人間の言葉で彼は話す。びっくりと固まった綱吉はヒバリキョウヤと名乗る少年を見て、あることに気づき、目を見開いた。彼の首元には、綱吉がいつの日か雲雀恭弥という黒猫にあげたリボンがついている。
「…は? え! えぇぇぇぇぇぇ!?」
「うるさいよ、君」
呆れたように笑う少年は綱吉の頭をポンポンと軽くたたいた。
「うそ、嘘だよ!! オレのヒバリさんは死んじゃったんだ!」
「……勝手に殺さないでよ。ただ、探していただけだよ」
うわぁんと、声を出して泣く綱吉を慰める。まるで、小さいころに戻ったみたいだ。
昔はどうやって慰めてやっていたっけ。奈々よりも僕に懐いてたから、彼を泣きやませるのはほとんど僕の仕事だった。そう、そうだ。
ペロリ、と綱吉の頬を舐める。そして、流れる涙も舐めとった。
「ほんと、相変わらず泣き虫だね……これで、信じてくれる?」
ピタリと泣きやみ、あ、あ、と情けない声を漏らす綱吉に雲雀は苦笑を隠しきれない。
「ほんとに、ヒバリさんなの……?」
「そうだよ、つなよし」
「どうして……?」
「……だって、ずっと君と一緒にいたかったんだ」
こんなに時間がかかっちゃったけど、プレゼントのお礼のつもりなんだよ。
僕が人間になったら、君をいつでも守ってあげられるでしょう?
雲雀はにい、と笑った。
「今日が何の日か、君、覚えてるよね」
そう、君の誕生日だ。そして君と僕が出会った日でもあるね。
「誕生日おめでとう、沢田綱吉」
――――――プレゼントは、僕だ。














離別はちっともありえなくない
(君と出会えたキセキを、)

とても拙く、あまりヒバツナってない黒猫ヒバリさんとツっくんのお話でした。短編として書きましたので話があちらこちらに飛び、どうやって雲雀さんが人間になれたのか、などわからないことだらけの意味不明文ですが、何とか言いたいことだけは書けたと思います。先のツナたん2作では「誕生日おめでとう」をわざといれてなかったのです。最後に言いたかったのですが、ツナたん遅くなりすぎました……。
この話のこの先のヒバツナは皆さんのヒバツナ力でカバーしていただけたら幸いです><
そうそう、赤いリボンに気づきました?少しずつですが、ツナたん3作品は繋がっているのでした^^
最後まで読んでくださり、本当にありがとうございましたっ!!
2011/10/18 chisa