*ヒバツナ子



昼間の喧騒が嘘のように静まり返った、静かな夜。
あと何時間かすれば、今日が終る。そして、また明日がやってくる。 彼女と出会ってから約十年、彼女とお付き合いを始めた記念日である本日は彼女の誕生日でもあった。この日ばかりは休暇を取り、二人だけでゆっくりと過ごす。ほとんど休みの重ならない忙しい二人ではあるが、この日とヒバリの誕生日だけは毎年必ず休暇を取れるように調整を取っている。今回二人が過ごす為に選んだ場所は、ヒバリ所有する家の一つだ。その家の外には自然が広がり、空気が澄んでいて星がとてもよく見えるような場所で、ツナ自身がここに行きたいとヒバリに強請った場所であった。

「おいで、ツナ」
ツナの入れた紅茶を飲みながら、ツナの家事をする様子をみていた雲雀は、優しく甘い声で呼びよせる。彼女とゆっくり過ごせる時間があと少しばかりしか残っていないことに寂しさを感じていた。
「ヒバリさん?」
きょとんと、夕食に使った皿を洗っていたツナは首をかしげる。
「後で一緒にやろう。今、君がいる場所はこっち」
ぽんぽんと膝を叩いて、彼女に向って腕を広げる。濡れた手をタオルで拭き、ツナはヒバリに向ってやってくる。
「えっ、なんか恥ずかしい……」
「誰も見てないよ。僕と君しかいないじゃない」
おいでおいでと手招きをして、素直にやってきたツナを膝の上に乗せる。柔らかく薄い生地のワンピースの上にエプロンを着たツナは、雲雀には少しばかり寒そうにみえた。
「寒くない?」
「ヒバリさんがいるから、寒くなんてありませんよっ」
いつまで経ってもヒバリのすることになれないツナは、後ろからぎゅうと抱き締められると、顔を赤く染めて身を捩った。
「……ヒバリさん、ちょっとだけ力緩めてください」
ん、と返事をして腕の力を緩くしたヒバリはツナの首元に顔を埋める。
「どうしたの?」
どこか落ちつかない様子のツナに向かって問う。
「え……っ! な、なんでもないですっ」
「……何か隠し事でもしているんじゃないの」
ふるふると首を振っているが、何かありますといったわかりやすい顔をするツナに雲雀は言った。ツナはヒバリをそろりとみつめると、何かを決心したように瞳を瞬かせる。 ヒバリは綱吉を促すようにうん、と頷く。
「ちょっと、外に出てみませんか?」
「……わかった。君はちゃんと暖かい恰好をするんだよ?」
わかってますよう。甘えた声で言って膝から降りたツナは嬉しそうにパタパタと駆けて行く。上着でも取りに行ったのだろう。そんなに星が見たかったのだろうか。確かに星が良く見えるが。
ツナの温もりがなくなってしまったヒバリは隠し持っていた小さい箱を取り出して手で弄ぶと、飾りについていた赤いリボンを取る。そして、コト、と箱の方を置いた。外から帰ってきたら、彼女に渡そう。そんな事を思いながらも外したリボンをヒバリは服の中に仕舞う。この時にした判断によって、ヒバリがとても後悔することとなるなんて思ってもみなかったのである。

つんと冷たく空気が頬をさし、ヒバリはぶるりと体をすくめる。目の前を歩く彼女は先ほどまでと違い厚着をしていて暖かそうだ。思わず、じいと見てしまう。
「ヒバリさんヒバリさん、とっても綺麗ですね」
「……そうだね」
振り返って空に指を差しにっこり笑うツナは無邪気で、とても二十歳を超えた女性には思えない。そんな彼女が眩しく見えて、目を細めた。
「ヒバリさんもちゃんと星見てますか?」
「うん」
もちろんと頷いて、ツナを見る。星よりも、何よりも彼女が笑っている姿を見ていたい。
「もう、いい加減オレばっかり見ないで」
気づいていたようでプクリと頬をふくらましたツナは、ヒバリによりかかる。
「仕方がないね」
ツナを抱き締めて、暖を取りながら、ヒバリはツナが視線を向けている空に目をやった。

―――こんなに強い一方的な感情が、君に届いていないことだってわかってるつもりだ。
(だけど愛しているんだ。君を閉じ込めてしまいたいと思うほど)

「ヒバリさん、流れ星がみたいです!」
「……僕に言わないでよ」
「大丈夫です、俺の超直感が見えるって言ってますから」
自信を持って空に振りかざしたツナの指先から星が綺麗な尾を引いていく。
「……ほら、見えたでしょう?」
嬉しそうに零れた笑みはとても幼げで、雲雀はその眩い笑顔に、目を細めた。

「ヒバリさん」
寒いからそろそろ帰ろう、と雲雀が口に出そうとしたところだった。
ツナはタイミングを見計らっていたかのように静かに雲雀を呼ぶ。その声は穏やかで。
「なに?」
やわらかく聞けば、ツナは嬉しそうに笑った。そして。
「……オレね、子供が出来たみたいなんです」
ヒバリさんと、オレの赤ちゃんが、ここにいるんですよ。そっとまだ平らなお腹を撫でる。
「……ほん、とう?」
どくんとヒバリの鼓動が跳ねた。どうしようもないほどの嬉しさが溢れて、ヒバリに波のように押し寄せてきた。
「……ツナ、綱吉。結婚しよう」
ヒバリはそっとツナを腕の中に抱き寄せる。細い体だ。その細い体の中に、ヒバリと血を分ける新たな命が宿ったのだ。何とも言えない気分だった。愛しい人がヒバリの背に手を回して抱き返してくれる。ヒバリはツナの体に負担のかからない程度にぎゅっと腕に少しだけ力を入れた。
本当は、婚約を申し込むだけで、結婚はもう少し先になってしまうだろうと思っていた。せめて、君のやらなければならないことが片付いてからと思っていた。けれど。
「……僕のものになってくれる?」
体だけでもなく、心だけでもなく、彼女の全てが欲しい。僕だけの君にはできない。だけど僕のものだと束縛できる証が欲しい。子どもだけじゃたりない。
「君と、生まれてくる君と僕の子をずっと大事にするから」
前からずっと用意してあった指輪は、今ここにはない。こんなところでプロポーズするなんて思ってもみなかったから置いてきてしまった。
「はい、喜んで」
ずっとヒバリさんの隣に居させて下さい。オレの心も、身体も、オレが死ぬまで。死んでからだって、ヒバリさんが迷惑と思わないのならずっと側にいたいんです。
そう言って、微笑んだツナの左手に触れ、ヒバリの背から口元まで手を持ってくるとその薬指にキスをする。
「……ごめん、今はこれしかないんだ」
そしてヒバリは仕舞ってあった赤いリボンをツナの薬指に巻くと、そっとツナの唇を奪い去ったのだった。



屋敷へ戻る帰り道。暗い夜道を2人歩いて行く。
「帰ったら、もう一度、ちゃんと言うよ」
「え?何を、ですか?」
「……ちゃんと用意してあるんだ」
「??」
「指輪だよ。……婚約指輪をね。」
「……へ、えぇ?」
「もちろん給料三カ月分だから」
「あ、はい……。ありがとうございます」
「文句あるの?」
「ないですよ」
まさかあり得ませんと、赤くなった顔でツナはくす、と笑う。ツナはヒバリがそんなことを知っていることに驚いただけだ。
「それよりも今はね、僕たち夫婦になるんだし、そろそろヒバリ呼びは卒業しな」
「……と、いいますと?」
「僕のことは、これから恭弥って呼んで」
「うぅぅ、は、はい」
「ほら言ってみな?」
「き、き、恭、弥……さん」
「恭弥」
「無理です!! 呼び捨てになんかできませんよ!」
「じゃあ、さん付けでいいよ。はい、もう一回」
手をつないで二人で熱を分け合い、そっと二人は顔を合わせて微笑む。ツナの左手の薬指には赤いリボンが揺れていた。










漠然とした幸せの定義はもうすっかり
(ほしのかがやくく、こんなよるに)

「星が輝くこんな夜に」という曲の歌詞から、妄想した話になります。私は、いくつ星がかかわる話を書けばいいのか…。好きなんです、星が。その癖あまりよく知らないのですが…。
ツナたんパート1でした。一度ヒバツナ子の妊娠ネタ書いてみたかったの……!あんまり妊娠関係ないけど^^

2011/10/14 chisa