白よりも黒が映える人がその身を白く、白く、似合わない白で侵食されていく。ただ、ときどき交る赤が、黒に染まる前に白へとかわっていく。その瞬間を俺はじっと見届けていた。
 一定の機械音が生きている≠ニいうことを示している。
 胸の奥底に散々刻んだ、言葉も、なにもかも。
 彼が白く染まるほどに、真っ白に消えていった。

 やはり、この人には黒が似合う。ゆったりと彼が普段着る着流しを脱がせて新しい着流しに着替えさせる。そうっと、慎重に、慎重に。うん、床ずれは起きていないようだ。ボンゴレの最新の技術を持ってつくらせたベッドだけある。
 風紀財団に任せきりだった、大怪我をした彼の世話役をあることがきっかけに俺が変わることになった。風紀財団に任せきりにしていたのは、俺は俺でやるべきことがあったからで、雲雀さん自身もそれを望んでいたからだった。
 マフィア・ボンゴレを解体するだなんて夢のようなことを何十年とかけてこの年になって叶えることができて、そうして後始末をして。ようやく全てが終わると思った刹那の出来事だった。ちりぢりとなった少数の反乱分子を守護者とボスの俺自身でどうにか説得し、それでもまだ潜んでいた奴らはボンゴレファミリーの領地内であった街を制圧しようとした。雲雀さんにはそこを征しに行ってもらったのだ。それが失敗であったと気付いたのは後の祭り。群れを嫌う彼らしいが、昔よりはましになっていたと思ったのに。彼はその場所に一人で赴き、人質となった市民を守り、そうして大けがをして、身を引きずりながらも何とか帰ってきた。詳しいことは彼に聞かないとわからないのに彼は口を噤んだまま、何も言わなかった。
 寝たきりになってからこっち、他人に任せないと生きていけない彼の、黒髪よりも白髪の方が増えた頭を梳いてやると、はたり、目が合う。目尻の皺は彼の目力を損なわせず、むしろ威圧感たっぷりに威嚇してくるのだから困ったものだ。
 ただ手を伸ばして、昔から大きくて、俺をやさしさをもって加減して叩き、なでる、その手に触れれば『なに、』というように反応した。
 皺がある。しみだってある。そこらじゅうにある。傷跡なんかは体中にたくさんだ。
俺にだって、年齢を重ねていくごとに自然と、それらは刻まれてきた。俺の手も同じくしわが増え、しみだってある。彼といっしょだ、かわらない。同じように時をかさねてきたのだから。
 だのに。
 やせ細った顔。手。足。筋肉だって身体を動かせないものだから落ちてきている。顔色だって青白く、よくないことがわかる。栄養失調だって、何の知識もない俺だってすぐにわかるくらいの大ばか者が、ベッドに横たわっている。生意気に、なにが悪いのと俺をにらみつける。
 あの“雲雀恭弥”が食事をとらないのだという。無理やり流しこまれようとすると、それを拒否するのだという。点滴もいや、なんてこの期に限ってわがままを言うなんてそんな、ばかな。
「無茶を、するから」
 年なのに。おじいちゃんなのに。年がいもなく。彼の全盛期のように。青年時代のように。
 いつだって、彼はかわらない。強さも。その意志も。
 けれどもそれとこれとは違うのだ。死にたいのかこの人は。
 傷の治りが遅いのも、寝たきりなのも、この人自身の所為。
『何ばかなこと、いってるの』
ちょっと油断しただけだろう。このくらいなんてことない怪我だろう。僕はそんなもので栄養なんかとりたくないね。おいしくない。むしろまずい。そんなドロドロしたものなんか。
 きこえてくるだだ漏れになった彼の心のこえに、頭も固定されちゃってそっぽもむけない彼に、あなたの方こそ大馬鹿ですよと、俺は返す。
「その油断が、命取りでしょうに」
つらいんでしょう。口をあけることでさえ顔をしかめるくらいなんだから、さっさと観念すればいいのに。しっかり栄養とって、寝れば元気になるんでしょう。あんたの回復力、人外なんだから。
「どうして、何も食べようとしないんだ」
 あなたのために用意された栄養食だ。ボンゴレ特製の、雲雀さん専用の栄養食。どろどろとした、けれど口当たりはマイルドなそれは、口に入れて栄養を摂取するばかりではなく、腹から直接だって栄養を摂取できるような特殊なものだ。口から摂取するのがつらいならば腹から入れればいい。それを嫌だと、拒否するのは何故なのか。俺は知りたかった。
『……君の作るものが食べたい、こんなのじゃいやだ』
「……あなたが嫌なのはわかります。けどこのままじゃ、本当に動けなくなりますよ」
 わがままな子どもを窘めるように言えば、それがどうしたなんて開き直る彼に、漏れそうになった溜息を飲み込んだ。
「恭弥さん」
 雲雀と昔のように呼ばないのは、彼といっしょになったからだ。彼の伴侶になり、番になり、生きてきたからだ。
「ねぇ、恭弥さん」
 なんだい、僕は嫌だからねと、本当にわがままなひと。
「俺もおじいちゃんです。あなたもおなじようにおじいちゃんでしょう。無理なんてもうできない年なんです。わかってますか」
『そんなこと知らないね』という恭弥さんに、そっと俺は告げる。
「お願いしますからちゃんと栄養とってください。俺だってもう、よぼよぼのじいさんなんです。あなたをおぶることなんて到底できませんよ」
 嘘をつけ、と言外に睨まれれば、へにょりと口をゆるめて笑うしかない。
 なくもんか。これしきの事で俺は負けるわけがない。
「……恭弥さん、もし俺がいなくなって、そうしたら。誰があなたをみれるんです?」
 ぱちくりと、ぱちくりと瞬きをして雲雀さんは俺の言った科白を吟味する。何をばかなことを、そんなことあるわけないじゃないかと続けるかと思った俺を雲雀さんはじっと見つめていた。
 そうして、ゆっくりと瞬き、一瞬消えた俺の姿が雲雀さんの瞳に映しだされる。そのきらきら光る、彼の瞳の輝きは今も昔もかわらない。
『……仕方がないね、君がそこまで言うのなら』
 きこえてきたこえに嬉しくなって、皺が出てきた顔をさらにしわくちゃにさせて俺は子どものように笑った。















追従なんて必要ないし柄じゃない
(ところでちゃんと食べたご褒美に君は何をしてくれるの)(何を言ってるんですか、ばかっ!)


お年寄りなひばつなで雲雀さんが寝たきりなう(一時的)なお話です。
久しぶりに書いたお話はとても異色な話になりましたが、テイストはいつも通りです(笑)
2013/08/04 chisa