雲雀は、いつからか沢田綱吉のことを好きになった。いつなんて覚えていない。いつのまにか、雲雀の前をうろちょろするその草食動物のことを無意識に許すようになった。受け入れるようになった。
群れることで身を守る草食動物だった沢田綱吉。だけど、草食動物のようでいて、偶に人が変わったように肉食動物のようになる、あの子。普段は草食動物のようでいて、仕草は小動物だ。いまでも、それは変わらない。
彼との関係も、昔からあまり変わらない。昔は先輩と後輩。風紀委員と遅刻違反者。今でも、認めてはいるわけではないが、ボスと守護者。仕事仲間。同業者。風紀財団トップとボンゴレファミリーボス。今は前よりも会話をするようにはなったがそれはほとんど事務的なこと。彼は自分からこちらには話しかけない。二人きりだとびくびくと震えるだけ。少しずつ慣らしてはきたけれどまだまだ。仕事の話だとまた違ってはくるのだが。

(……もう、どうしたらいいのかわからない)

彼を好きだと気づいて、散々悩んだときもあったけれど、好きなものは好きなのだ。
彼が好き。
気付いてから他の女も、男も、何もかも彼に劣って見える。 彼は可愛い。贔屓目でなくても可愛らしいと思う。
性格とか。仕草とか。あまり伸びなかった身長とか。母に似た柔らかな顔つきとか。
だけど、彼は近寄ってこない。雲雀が何をしても、彼は逃げて行く。 気付いていないのかもしれない。だけど知らないふりをしているのかもしれない。
彼に優しくすれば何かがあるんじゃないかとおびえ、仕舞には「た、闘いたいんですか…?!」なんて頓珍漢な事をいう。本当にこの子超直感なんてものもっているの? なんて疑いたくもなるほど鈍い。   

それが十年弱。もう限界。無理。

雲雀だって焦っているわけじゃないのだ、多分。じれったくも待っていた。小動物の意識がこちらに向くように待っていた。だけど、変化はなし。逆に距離は離れていくばかり。雲雀も雲雀で誰にも伝えたことはない。赤ん坊は分っているみたいだが。(彼は取引が成立すれば多少は手伝ってくれた。綱吉があまりにも鈍すぎるので成功したためしもないが)
好きだよ。なんて、言ってみたこともある。 ……酒を飲み交わしているときに。当たり前にかわされた。オレも好きです!なんて言われたと思ったら、おいしいですよね、ここのお店大好きなんです。なんてひどい勘違い。最悪だ。でもそんな綱吉を可愛いなんて思った。雲雀も悪いがツナも悪い。雲雀は心の中ではツナ、なんて愛称で呼んでいたりもする。周りが言っているのがうつったんだ。と言い訳。
雲雀がもう待てなくなった原因は綱吉の婚約者探しのパーティーだった。
ボンゴレ守護者が全員駆り出されたそのパーティー。なぜか場所は日本。並盛町。イタリアのボンゴレ本拠地でやればいいのにといったら、リボーンがお前、このままでいいのか?なんて雲雀に問うたのだ。そんなこんなであった婚約者探しは終わったが、相手は誰ひとりも見つからなかった。女はより取り見取りだったのに。雲雀の目からでも整っている容姿をした女たちが綱吉を囲って一人ひとりアピールをしていた。綱吉は困ったような顔を一瞬見せながらも、にこやかに笑って対処していた。
綱吉はモテていた。当たり前だ。ボンゴレファミリーのボスなのだから。性格だって悪くはない(多少、卑屈なところを除けば)だけど相手ができない。愛人の噂も聞かない。
綱吉は誰か好きな人がいるのだろうか。まだ笹川京子が好きだったりするのだろうか。それともハルという女か。中学時代からの付き合いの彼女たちは婚約者探しの場にはいなかった。ということは、彼女たちは違うのか。
雲雀は安堵した表情を浮かべた。綱吉に群がる女どもも咬み殺したかったけど止めてやった。
だって、彼は何れ僕のもの。自意識過剰でもなんでもない。僕が決めたのだからそれは絶対なのだ。 雲雀は考えた。彼を自分のものにするためには。

(いっそ、既成事実でも作ってしまえばいい)

それは最後の手段だったけど。もう、悠長にしている場合ではないのだ。 待っていたら奪われる。あの子に恋い焦がれているのは何も雲雀だけではないのだ。だから。

(いいよね、もう。あの子に気づかせるにはこれしかないようだし)

思い切って吹っ切れてみれば簡単だった。ずっともやもやしていたものが消えた。行動を起こせばどうなるかは良い方しか考えない。僕は雲雀恭弥だ。いずれ彼も雲雀に、なんて思ったら嬉しくなって笑ってしまった。さて、どうしてくれよう。作戦を立てなくては。彼を絶対に手に入れる方法を。


好きという言葉を告げるのには勇気がいる。 雲雀にだって恥ずかしいと感じることはあるし、前に失敗したことがあるからなおさらだ。
このまま押し倒したい。もう無理矢理でもいい。だって、おいしそうなんだもの。でも少しの間、我慢。

目の前にいる小動物、沢田綱吉。やっと追い詰めた。20代半ばにもうすぐなるというのに、目は大きくてまんまる。顔は無駄な肉は付いていないが、とてもやわらかそう。雲雀はふれたことがないのだ。いつも逃げるから。でも今度こそは追い詰めた。追いかけて追いかけてやっと捕まえた。今しかない。先延ばしにすればもうチャンスはない。

「好き、だよ」
「……え?」
「君が、好き」
「え?え、……えぇ?!」

パニック状態であたふたとしている綱吉の唇に触れるだけのキスを落とした。

「僕のものになってよ」
「な、な、なぁ……!」

真っ赤になって見上げてくる。彼の口元は綱吉の手で隠れてしまった。もう一度キスがしたいのに。でも、拭われたわけじゃない。嫌悪はされなかったのか。よかった。

「……いいでしょ? こんなに我慢させられたのは君が初めてだよ、綱吉。ねぇ?」
「う、うぅぅ……」

唸り声をあげる彼は、ちらちらと僕を見た。ほんとに小動物みたいだ。可愛い。

「綱吉…」

ぱくり、と耳たぶを食べてやった。そのままはむはむ、と甘噛みする。 耳まで真っ赤になってうつむいてしまった様子に邪まな感情を抱く。 だけど、これから先は返事を聞いてから。YESしか聞かないけど。

「ね? 返事聞かせて…?」
「……、オレ……」

彼の小さな声に耳を集中させた。今まで散々焦らしてくれたのだ。やっと聞ける。

「ヒバリさんのこと…す、すきです」
「…もう一回言って?」

僕は待たされたんだから。君が同じ感情を持つまで、大分待った。 おびえさせないようにするところから、今に至るまで辛抱強く待ってやった。

「好きです…ヒバリさんのことが好き、好き…」
「もっと」
「好きです…スキ、大好き」
「僕も」

逃げられないように、きつく抱き締めた。口元を隠していた手を雲雀はつかんで綱吉の唇に自分のをあてた。長く長く押し当てる。苦しくなったのか、掴まれている反対の手で雲雀の胸を叩いてきたので一旦、唇を解放してやった。口をあけて浅く何度も呼吸をする。その隙をついてもう一度、キスをする。薄く開いた口の中に舌を入れ、綱吉の口腔を弄った。綱吉の抵抗は、ない。

「これからずっと、君は僕のものだ」

だから、もう我慢なんかしてやらないよ。と、綱吉を惚けさせるような綺麗な笑みを浮かべて雲雀は言った。力の抜けきった綱吉の体を持ち上げ、鼻歌でも歌いそうなほど嬉しそうな様子で雲雀は足早に移動する。

もう我慢なんかしていられない。でも、初めてなのだから、優しくしないと。

お姫様抱っこで綱吉を運ぶ、雲雀のそんな様子に、綱吉は顔を真っ赤にしながらもぎゅっと雲雀に腕をまわし、身を委ねた。










閉じたドアを開くのに躊躇いはいらない
(いやって言ったって止まんないよ。我慢なんてもうたくさんだ!)
2010/05/20chisa
十年後の雲雀と綱吉です。久方ぶりに小説を書いたのと、夜中に書いたのとでテンションが少し可笑しい。
ヒバリが残念な子になっていますが気に入ってたりします。