馬鹿だなぁ、と鼻で笑われる。やっぱり馬鹿は一生馬鹿だな。ダメツナめ、そう罵られても怒る気すらないほど無気力になってしまっていた。
雲雀さんはいってしまった。“あの子”を探しに、どこか遠くへ。見つかるはずのない“あの子”を探しに。たぶん、並盛に帰ったのだろう。
並盛は雲雀さんのテリトリーだ。どんな些細な情報だって雲雀さんに届く場所だ。
けれど雲雀さんはそこで見つけられるはずがない。当の本人はここにいるのだから。
―――何れイタリアに戻ってくるのだろうか。
―――雲雀さんはいつか、知ってしまうのだろうか。
“あの子”の、正体を。
ボンゴレファミリー内に緘口令を敷いたそれは、並盛では通用しない。俺と雲雀さんの仲が良かったことは町中に知られている。
雲雀さんは聡明だ。何れ真実を知るだろう。その時に何を思うのだろう。
「お前、最近ちゃんと寝れてるか?」
「いいや、あんまり」
眠れないんだ。眠たくなってもくれないし。
真実を知られるのが怖いとこころがずっと泣いている。そしてそれとは反対に、あの子は俺なんですと叫び出しそうな欲求を無理矢理おさえつけていたせいで、ぐちゃぐちゃのぼろぼろだ。あの人が目を覚ましてから、俺は泣いたことがない。
「俺が慰めてやろうか」
おーよしよし、と成長して小学生くらいの大きさになったリボーンに抱きしめられる。なんだかむず痒い。
「リボーンは、格好いいね」
「俺は、いつでも恰好いいぞ」
ぽんぽん、背中を慰めてくれるリボーンの手は、まだ俺よりも小さい。でも、リボーンはイタリア人。平々凡々な日本人の俺の身長なんかすぐに越して、これからどんどん手も足も大きくなっていくのだろう。
「見た目は子供なのに中身は大人だね」
「お前よりは、な」
ただただ抱き合って、リボーンの心臓から奏でられる心地いい音楽に浸る。けれど、あふれる涙は子どもには見せられなくて、肩を借りるねとリボーンの肩で顔を隠す。
「いくらでも濡らせばいい。今回は出血大サービスだぞ」
こぼした涙はみるみるうちに染みになっていく。しかし、この温もりを離せない。
子供の体温がとても気持ちよくて、そのまま俺の意識はシャットアウト。
「おはよう、ツナ」
ここ数日分の寝不足が解消されていた。俺はどのくらい寝てしまったのだろう。目が腫れぼったいなぁと思いながらもごしごし目を擦る。止めとけ、とぬれタオルを差し出され、ありがとうとそれを受け取った。リボーンの声が、とても機嫌がよい。
これまでの経験上、機嫌が良いときというのは俺にとって良くないことが起こったときだ。
俺はのろのろとリボーンを見上げる。
「雲雀が、帰ってきたみたいだぞ」
リボーンのその一言は、俺に恐怖を与えるものだった。
雲雀さんが旅立ってから1週間と経っていない、のに。なにしに帰ってきたというのだろう。いや、答えはわかりきっている。
「自分で自分の尻くれぇぬぐえねーでどーすんだよ」
ボスとしてそんなんでやっていけるのかダメツナ。俺がわざわざお前の執務室にアイツを呼んでおいてやったんだから、あとは自分で何とかしてこい。
「ほら、ケジメつけてこいよ」
かつて、赤ん坊だったリボーンの生徒だった頃のように、尻をけられてつんのめる。
「リボーン! 何勝手なことしてるんだよ!!」
「やったのは、俺だけじゃねーよ」
「……は?」
「お前は、愛されているんだからな。ネオ・ボンゴレプリーモ」
雲雀がな、並盛にいってからこっち、何か思うところがあったのかすぐ戻ってこようとするのを止めたのは獄寺だし、草壁に根回したのは山本。笹川はあー、いつも通りだったが、大人しかっただろ?そうそう、骸は帰ってきた雲雀に喧嘩売って、雲雀の意識をそらそうとしてたぜ。そんくらい、愛されてるんだよ。お前。
「……みんな、が?」
「そうだぞ」
―――俺のため? 俺は、逃げていただけなのに?
お前がなかなか覚悟を決めらんねぇから、みんな、必死になってた。馬鹿みたいだろう?
「まぁ、一番の馬鹿はお前らだろうけどな」
馬鹿の周りには馬鹿が集まってくるもんだ。にっと、鮮やかに笑う。それは昔見た、ピンチを救ってくれた男にどこか似ている。
「そう、だね」
俺が一歩踏み出せばよかったんだ。拒絶されることを恐れなければよかったんだ。俺のしたことは、恭弥さんと雲雀さんを侮辱するだけでしかなかった。そうして、一人で勝手にふさぎこんで、みんなに心配をかけさせてしまった。
全部終わったら、みんなに伝えよう。心配掛けてごめん、本当にありがとう。
「答えはもう、出てるだろう?」
「……うん」
―――たとえあなたが何度忘れようとも。俺は。
(あなたを愛しています、愛しい人よ、)
きみを包むための優しさがある
(ダメツナはダメツナらしく堂々とすればいい)
title by 寡黙
2013/03/24 ちさ