雲雀さんが起きてから、嫌そうな顔をする雲雀さんに精密検査を受けさせた。結論としていえることは、雲雀さんは記憶喪失だということだ。ほかになにか挙げるとすれば、ずっと眠っていたことからくる体力と筋力の衰えくらいだ。記憶喪失といっても忘れているのは俺のことだけで、生活に支障が起きるようなレベルではなく、俺が恋人だったという記憶だけが消失していた。現ボンゴレボスで元並中生だったということは覚えていたらしい。小動物と認識されていたことも。恋人だということ、そしてそれに付随する感情だけがぽっかりと抜けてしまっているのだ。
 つまり、雲雀さんのいう“あの子”というのは、やはりというか俺のことだった。恋人がいたという記憶はある。雲雀さんが雲雀さんのいう“あの子”を好きだった、ということは覚えているらしい。けれど、“あの子”の顔が思い出せないのだそうだ。
 そりゃそうだ、それは俺なんだから。
 記憶が戻らない限り“あの子”と俺がイコールで繋がることはないだろう。常識的に考えても。俺も、雲雀さんも男だから。

(もし、俺が女だったら、記憶が失ったとしても……いや、こんなことを考えるのはよそう)

 記憶は消滅はしていない。その証拠に“あの子”のことを雲雀さんは覚えている。忘れたものを無理矢理思い出させることもたぶんできるだろう。それだけの技術がこの世にはあるのだから。
 でも俺はそれをしない。忘れたならそのまま忘れてくれていてもいい。またあなたが起きてくれただけで十分だった。あなたが幸せに、生きてくれればそれだけでいい。俺が全部覚えているから。

(けれどひとつだけ、あなたに赦してほしい。罪深い俺があなたの傍にいることを。)
(……それでも、もし―――もし、あなたが思い出すことを望んでくれたら……。)

 俺はボンゴレファミリー内に緘口令を敷き、雲雀さんに俺が恋人であったことを伏せることにした。できうる限りの時間を雲雀さんのお世話に当てる。ただ傍にいたかった。
守護者やリボーンは見て見ぬふりをしてくれている。リボーンにはお前がダメになったら元も子もないからなと釘を刺されているけれど。
 申し訳なさそうな顔をする草壁さんに草壁さんは雲雀さんの代行で忙しいでしょうと自ら雲雀さんのお世話をかってでたのだ。

「“あの子”、こないね」

 恋人がこないんだ、どうしてだろうと雲雀さんはぽつりと言う。
 俺は毎日、雲雀さんが眠っていたときと同じように雲雀さんの甲斐甲斐しく世話を焼く。雲雀さんはそれを拒絶しなかった。あまり動けなかったときは背中に触れる手さえも甘んじて、目を細めて気持ちいいね、なんていって俺を喜ばせた。起きた当初のような不自由さはみるみる回復していき、雲雀さんは見舞い客がくると誰彼構わず戦闘を繰り広げようとする。群れが嫌いという理由もあるのだろう。それをなんとか諌めて、完全に回復したら俺が戦ってあげますよと約束をした。
 誰かが代わりになることなんて嫌だった。

「……そうですね、それよりも雲雀さん」

 随分動けるようになりましたねと笑えばまぁね、と満足げに返事が帰ってくる。

「そういえば君、ボスなのにこんなに僕にかまっていていいのかい?」
「ええ、大丈夫ですよ。ちゃんと休暇をとっているので」
「ふぅん、まぁ助かってはいるけど」

 お人好しな小動物だこと、と鼻で笑われる。
 雲雀さんが他人を気づかえるなんて。なんだか涙が込み上げてくるほど嬉しくて、そっと雲雀さんから目をそらす。雲雀さん、大人になったなぁ。ぐすん、鼻が鳴る。

 俺は、病室の窓から見える雲ひとつない大空を見上げた。






言えないままで終えるのでしょう
(―――あの子、という存在が雲雀さんの中から早く消えてしまえばいいのに)
title by 寡黙
2013/03/23 ちさ