僕の妻を紹介します。



僕の妻は沢田綱吉、二十四歳。性別、男。
あっちこっちにぴんぴんと跳ねた紅茶色。僕と比べると骨とふにゃふにゃの肉とちょっとばかししかない筋肉をもつちんちくりんな体。少女のようにぱっちりとしたどんぐり眼をもつ、いつまでも幼さが抜けない顔をしている、けれども歴とした男である。
朝になったら僕よりも先に起きて、毎朝おはようの挨拶してくれて、失敗を重ねながらも精一杯家の家事をして、自分の仕事もひいひいと弱音を吐きながらでも一生懸命にこなし、家に帰ってからは僕におかえりなさいってかならず言って、夜も僕に尽くしてくれる可愛い嫁。

そんな僕の妻について、ぜひ聞いてほしいことがある。

惚れ気を聞かせるなって?
やだよ、聞いていけ。損はさせないさ。君だって僕の可愛い妻の家庭内での様子が気になっているだろう?

「妻にはね、困った癖があるんだよ。別に直してほしいわけじゃないけれど」


―――自慢話だって?
当たり前だろう、妻のことを自慢して何が悪いんだい。

……そう、わかった。
そこまで言うのなら、話してあげる。




『……あの子、本当に寝ぼけているんじゃないんだよね』
僕は思うんだけど、あの子って愛情が足りていなかったのかな。母親一人だけで育てられたとしても、どうすればあんなに甘えん坊になるのかな。可愛いけど。それはもう撫でくり回したいし、抱き殺したいくらいだけど。むしろもう一回ベッドに後戻りしたいなぁっていつも思っているんだけど。
僕にだけですってあの子はいうけれど、それって……本当?

―――朝。
いつも通り僕よりもはやく起きた子は(本当は僕の方が先に起きているけれど眠ている振りをしている)僕を起こすのに躍起になる。
「ヒバリさーん? おーきーてー! 朝ですよー」
 通常よりも幼い声でゆさゆさとゆすられても簡単には起きてはやらない。名前で呼べといつも言っているというのに、朝だけはなぜかこうして間違えるのだから困った子だ。
「あっ! ……うぅ……きょーやさーん、おーきーてっ!」
「……ん」
返事をしてごそごそ綱吉を捕まえてやれば、嬉しそうに笑ってからおはようございますって元気な挨拶をする。それにおはようって返してやると僕の腕の中からするりと抜け出して、ご飯の用意をしてきますからちょっと待っててくださいねって、僕のくちにもご挨拶。
たたんって音を立てて、ちょっと振り返る。
「きょーやさんは、もうちょっと寝ててもいいですよ?」
 俺が恭弥さんの声聞きたかっただけだからって、そんな可愛いこというな。可愛すぎるだろ。
 


『一日に何回ぐらい言っているのかわからないんだよね』
うっとうしくなるくらいだけど、それでも可愛いから許してしまうんだよね。何やっても可愛いとは常日頃思っているけれど、あの子から抱きついてくるのはやっぱりいいものだと思う。
照れやなくせに、これには何とも思っていない。矛盾している、綱吉の困った癖だ。
……これでも成人しているんだよね。僕の一つ下…なんだよね。

バタン! と僕の仕事部屋に入ってきた綱吉は、ご機嫌だ。
「恭弥さーん!」
はいはいって返事をしてあげると決まって綱吉は僕に向かって腕を広げてくる。
「抱っこしてください!」
「……だめ、今手を離せない」
「えー、抱っこだめ?」
言い出したら言うことを聞いてやらないと、ぐずりだしてしまうのだ。赤ん坊が一つ言葉を覚えたばかりみたいに、馬鹿の一つ覚えのように繰り返す。
「……あと少ししたら終わるから、もうちょっとだけ待っててよ」
 一応は気をつかっているのか僕がそう言えばじっと黙ってまだかなぁと待っているので、追い出すにも追い出せない。追い出そうとも思わないけれど。
「恭弥さん、終わりました?」
僕が手を止めるとタイミング良く綱吉の声。うんと返事をすればいそいそと座っている僕の膝の上に乗ってぎゅううと抱きついてくる。
「恭弥さんが足りなかったんです……」
 ふにゃふにゃしながら切ない声でそう話すもんだから、振り落とせないし、なんて言っていいかわからなくて困る。
「恭弥さん補充、かんりょー」
また足りなくなったら来ますね!
萎れていた花が急速に元気になってきらきら輝かんばかりに眩しく見えるのは、僕の気のせいだろうか。満足すると夢から覚めたようにいってきますとすんなに僕から離れてしまうのが、何となく少しかなしい。
補充の効果は数時間しか持たないらしい。僕がいないとわかっているときは数日保つ。もちろんその反動は酷くなるけれど。(それはそれで僕は美味しい思いができるからいいんだけど)
僕が甘やかすのも一つの原因だって、赤ん坊が言うんだけれど、そんなことないよね。


「……どうして抱っこしたいの?」
ある時いつも通り抱きついてきた綱吉に聞くと、綱吉はいった。
「恭弥さんがここにいるんだって感じられる瞬間が好きなんです。人のぬくもりって凄く温かくて。恭弥さんの温もりってすっごく気持ちよくて。俺だけの特別なんだーって思えるから……そんなふうに俺が思うのって恭弥さんにとっていや、ですか?」
「……そんなことあるはずないだろ」
 結局は、僕も綱吉を抱っこするのが嫌いじゃない。


……むしろ僕のほうが、心待ちにしているなんて言えやしないのだ。あの子がこうして甘えるのは、僕にだけ、なのだから。


『……他にもね、いろいろあるんだけれど』
 僕の妻は可愛い。彼自身が正義である。
 何か間違ったこと言ってる? 間違ってなんかないよね。
うん、僕も言いたいこと言えたし、すっきりしたよ。
あぁ、そろそろあの子が来る時間だから、さっさと帰ってもらえる?
紹介ってなんのこと? あぁ、そんなことも言ってたね。ちゃんといろいろ教えてあげただろう。足りない? ふぅん。
 ……そう、可愛い綱吉のことがもっと聞きたかったの。



「だめ。……これ以上は僕だけの綱吉だから、お裾分けもしてあげない」



 (――――十分、満足しただろう?)



「きょーやさーんっ、かまってーっ」
「はい、はい」





僕の綱吉を紹介、なんてしてやるもんか。
(いつまでたっても僕の綱吉は可愛い。常識だよね)


2013/12/01(2013/10/27 スパークにてこっそり無配) ちさ
うわぁーん!大変お久しぶりです。久しぶりなのに新しいものではなくて本当にすみません…。
親しい方数人のみにお渡ししたもの、なのでサイトに来てくださる方で読んでない方も多いかもしれない、ということでお許しを……。