綱吉と他数人で担当している並盛町を巡回する並盛バス。
病院や学校前、駅前に行く人で朝は満席でぎゅうぎゅう詰めだ。帰りもまたしかり。そんな朝と夕方の一番人が多い時間を任せられている彼は他の時間の乗務員よりも大変ではあるが、この仕事が大好きであり誇りでもある。
このバスはお年寄りの方から学生さんまで、利用する世代は様々だ。お年寄りの方も、学生もほとんどの人が降りるときに、ありがとうと挨拶してくれるから綱吉はこの仕事が大好きなのだ。
綱吉は並盛の人たちはみんな素敵な人だと常々思っている。
利用してくれる人々の為に、毎日毎日決まった時間、並盛町を周回する綱吉が運転する並盛バス。
 多くの人が同じような時間に通勤、通学や帰宅をしているため、綱吉はほとんど乗る人の顔を覚えてしまっている。綱吉が決まった時間を任されているために、お客様もいつのまにか綱吉のことを覚えていた。
おはようございますとか今日は暑いですねとか、もうすぐテストなんですか?頑張ってくださいねとか。少しでも綱吉のバスに乗ってくれている人と会話ができるのが嬉しい。
それはある一人のお客様から始まったこのバスだけの習慣だった。

数年前、少女が綱吉に話しかけた。綱吉はバスの運転手になりたてで、必死に並盛町を回るルートを覚えなきゃならなくて、恐々と半泣きになりながら運転していたのだ。しかもその日は上司が一緒ではなく、一人で運転する初日でもあった。
「あなた、見ない顔だね」
乗車してきた少女は、まっすぐ綱吉に向かってそう言った。
「ええ、本日からこの地域を担当することになったんです」
「ふぅん、名前は?」
「あ、えっと沢田綱吉と申します」
綱吉は発車時間までまだ余裕があることを確認してから、漸く少女をみた。
少女は今時珍しいセーラー服。はて、並盛の学校にはセーラー服の学校なんてあったっけ?と綱吉が疑問符を浮かべたのを見てとった少女は旧並盛中の制服なんだよといってぴらりとスカートをつまんだ。
長すぎず短すぎずなプリーツスカートが少し捲れて白くて細長い足が見えてしまう。綱吉はそうなんですかと少し頬を赤くさせて、直視しないように目線をそらした。
「どうしたの?」
 綺麗な顔立ちをした黒髪のショートヘアの美少女は、きょとんと首をかしげて綱吉を見る。
「いえ、そろそろお時間になりますから、お近くの席に座ってくださいね」
 そろそろアナウンスを流さなければいけない時間だ。
 まだいいじゃないという少女に目で座ってくださいと訴えて、しぶしぶという感じだけれども何とか座ってもらう。
 不思議と少女の近くの前列の席はすべて空席だった。これまで綱吉が上司と数回確認するために乗ったバスではこの時間は人がたくさん乗っていたような気がするのに。
綱吉は座った少女にありがとうと笑いかけた。いざ、出発の時間だ。

 一月も経つと綱吉は漸く仕事に慣れてきて、お客の方に目を配るようになった。
 通勤通学ラッシュの時間帯だからか人がとても多い。けれどある一定の時間のバスだけは、人がまばらになるのだ。綱吉は早朝から通勤ラッシュが終わるくらいまでの時間帯と、帰宅ラッシュ時間帯の数本を任されるようになっていた。
 とある時間は人の声さえもほとんどなくとても静かである。どうしてだろうと考えていた綱吉はその時間にだけ乗ってくる少女の存在に気づいた。
 最初に声をかけてくれた子だ。あの子がきっかけで、綱吉はよく声をかけてもらえるようになった。
 どうしてかはわからないけれど、彼女があるバス停で降りた後、声をかけてきてくれる人が多かったのだ。そして、その人たちは次に乗ってきてくれるときも話しかけてくれるようになった。綱吉にはそれがなんだか認められたみたいでとても嬉しかった。
 彼女はあれから綱吉にときどき話しかけるようになった。ほぼ毎日綱吉のバスに乗るのは偶然なのか、それとも彼女のこだわりか何かかもしれない。彼女は時々席を変えるものの、大体は前から一番目か二番目の綱吉が少し振り向けば見える席で座って静かに本を読んでいる。
 彼女は乗り込むときと下りるとき、決まって綱吉がいる運転席がある方の出入り口から出入りするので、その時に、やあだとか今日もよろしくね、だとか。本を読む気分じゃないときは、一番前に座ってよく綱吉に話しかけてくるのだ。綱吉は業務に支障が出ない程度に年の割に話し上手な彼女の話に聞き入って時折返事を返すのが常だった。
 
初めて会話を交わしてから数年が経っても彼女は毎日のように綱吉のバスに乗ってきた。行きも帰りも、たとえ綱吉のバスが時間通りにいかなくてもそれに合わせたように乗ってくる。
 どうしてですかと聞いたことはなかった。彼女は学校前以外にもいろんな場所で乗ってきて、いろんな場所で降りていった。すごく疲れているのか、眠そうに目を細めている姿を見ることもあった。
綱吉はいつの間にか彼女を見ている自分に気づいた。彼女が乗ってきてくれればそれだけで嬉しいし、その時に目があって挨拶してくれるともっと嬉しい。
そんな自分に気づいて、何をバカなことをと綱吉は頭を振る。
彼女はまだ学生だ。彼女は綱吉の恩人でもある、大事な大事なお客様なのだ。
(――――――そもそも、俺は彼女の名前さえ知らないのに)

彼女はこの日、とても疲れていた。
夕方の帰宅ラッシュ時間。話す気力もないのか乗車時に軽く挨拶をした後、そのまま綱吉から離れた奥の2人掛けの席の方に行ってしまった。
 大丈夫だろうか、何かあったんだろうか。心配になったけれども綱吉はこの場を離れるわけにはいかない。せめて彼女が下りるまでの間、ゆっくり休めますようにと願う。
 いつも通り彼女の乗るバスはとても静かで、彼女の眠りを妨げる人はいなかった。
 綱吉の席からはなかなか降りない彼女の姿が見える。ミラー越しに見える彼女が窓に体を預けて静かに眠っているのが綱吉には見えた。
 本当に眠ってしまっているんだろうか。ただ目を閉じているだけだといいのだけど。
 一人、また一人とバスの中の乗客が減っていって、とうとう綱吉と彼女だけになってしまった。
(さっきまでいた女の人に彼女の事を起こしてもらえばよかったなぁ)
 綱吉は後悔しながらも、終着の並盛中学校前で車庫行きに表示を変えて、それからブレーキがちゃんと止まっているかを確認して座席から降りる。バスの車内は歩きなれている筈なのに、なぜだかとても緊張した。
 こつ、こつり。
 この音で起きてはくれないだろうか。
 近づいていく彼女との距離。目の前までやってきて彼女の名前を言おうとして、知らないことを思い出す。
「お、起きてください、終点ですよ」
 彼女の返事は全く返ってこない。けれど触れてしまうのは業務上違反だ、というより問題がある。彼女は女の子なのだ。
「起きてくださいっ」
 必死に声をかけるが、彼女はなかなか起きてはくれない。仕方がなく、綱吉は彼女の肩に手を触れようとした。
「おき……っ!」
 がしっと捕えられた、綱吉の腕。相手は女の子の筈なのにとても力が強くて、痛い。
「……っあぁ、君か」
 彼女が気付いた途端、その力は弱いものになる。
「ごめん、痛かった?」
 形の良い眉を下げて、申し訳なさそうに言う彼女は綱吉の腕を放さない。綱吉の袖をめくり上げて、彼女がつけた痕の残ったところをそっと撫でてくる。
「は、はなしてくれませんか……?」
「いや。折角こんなに近づいたのに」
「……え?」
「ずっと、あなたに近づきたかった。運転席はあなたが遠いんだ」
「な、に……?」
「……鈍い人」
 彼女は下を向いてぽそりと何かを言うと横に座ってと綱吉に言う。
「……僕のこと、好きでしょう?」
「へっ?」
「僕は知ってるよ。あなたのこと好きだから」
「あ…う……」
「ねぇ、違うの? 綱吉?」
「っ! なんで俺の、名前……!」
「あなたのその胸に書いてあるじゃない」
 それもそうだった。綱吉の頭はこんがらがって、状況についていけない。何?何がおこっているの?
「じゃあ……僕のこと嫌い……?」
「嫌いじゃないです! むしろ好きです!大好きです!」
 綱吉の反射的に言った台詞に彼女はとても、とても嬉しそうに微笑んだ。
「綱吉、今日から僕と君は恋人ね」
 綱吉はあぁ、と天を見上げた。生憎車内の天井しか見れやしないが。どうやら誘導尋問に引っ掛かったみたいだ。嬉しそうに笑う彼女は目をいたずらっ子のようにキラキラと輝かせる。
「あ、の」
「なぁに?」
 綱吉の声に嬉しそうに返事をする彼女に、これからする質問を考えると居た堪れなくなる。
「えっと、あなたのお名前は……?」
 彼女は目をまん丸くした。それから、そうかと頷く。
「そういえば名乗ってなかったね。僕は雲雀恭弥。恭弥って、呼んでね」
 彼女の名前を聞いて綱吉はようやく理解した。
 彼女が並盛町で有名な、あの雲雀恭弥だったのだ。
「綱吉……?」
 少し不安げに見てくる彼女が綱吉にはとても愛しく感じた。


「これからよろしくお願いしますね。恭弥さん」








おわりそうなはじっこにまた偶然がおちている
(はじめて見たときから僕は、貴方に恋をしてしまっていたのです)

2012/09/21(2012/07/17 pxivUP) chisa 
バスの運転手なヒバツナネタがどこからか降ってきました。
ツイターで呟いて一日、本当は先に雲雀さんが運転手バージョンをかこうかと思ったのですが、こちらのネタの方にたぎってしまいました(*´∀`*)