つかの間の休憩時間。
綱吉は取り寄せた日本の雑誌を熱心に読みふけて、うんうんと悩む。
どうすればいいんだろう。こんなの恥ずかしいよ。
なんて科白を吐いても部屋の中には綱吉の他には誰もいないので全て独り言である。
ぴくんと身体が揺れて、雲雀さんが来る!とまだ遠くにいるが近付いてきている雲雀の気配に敏感に超直感が反応した。
時計の針は午後三時を指している。雲雀と約束をしていた時間である。
ここ数ヶ月で刊行された同じ種類の雑誌が綺麗に揃っている一番下の引き出しに、折れ目がつかないように、けれど急いで仕舞う。隠した雑誌が雲雀に見つかってしまったら綱吉はおしまいなのだ。
バタンと閉まって最後に鍵をかけて綱吉以外には誰も開けられないようにする。閉まったことを確認してほっと一息。本来は何も悪いことをしているわけではないけれど、この雑誌だけは雲雀には見せられない。見せるわけにはいかない。
もうすでにすぐそこまで来ているあの人は、今ドアの目の前に辿り着いて――――。
コンコン、とノックされてどうぞと声に余裕持たせて返事をする。
豪勢な椅子に座る綱吉は部下の場合相手が入ってくるまで立ち上がることはない。頭を下げるのも本当は相手の方が先にしなければいけないのだが、それだけは日本人らしくぺこぺこと無意識に下げてしまうのだけれど。
ボスになるまでに散々リボーンに扱かれたけれど直らなかった癖の一つだ。ボンゴレボスの部屋はとても豪華である。綱吉はそこにある椅子にすでに数年は座ってはいるもののいつになっても慣れる日は来ないような気がするのだ。

「綱吉、今回は何を取り寄せたの?」
「えっへへ、今日は雲雀さんの大好きなあんみつですよ!」

雲雀の問いかけに自信を持ってえへんと答える。
取り寄せた物は何も日本の雑誌だけじゃなくて、綱吉が好きな日本のスナック菓子だったり、雲雀の好む和菓子だったり、リボーンの好きなコーヒー豆だったり、他にも守護者やボンゴレのみんなへの差し入れだったりといった多くの物を取り寄せている。イタリアに来てからの毎月の恒例行事になっているのだ。
あんみつを前に取り寄せて一緒に食べた時、雲雀がとてもおいしそうに食べていたことを綱吉は知っている。その味が甚く気に入って、並盛に店を出店するように店側に脅しをかけたことだって綱吉の耳には入ってきているのだ。
今回雲雀にはそのあんみつの本店のところからのお取り寄せ。あんみつ以外にも羊羹やらなにやら日にちが持つものがたくさん入っているセットだ。綱吉は雲雀のためにとその店の新商品だったり期間限定品のチェックを欠かさず行っているのだ。

「へぇ、嬉しいな」
「でしょう?」

いけないいけない忘れてた! こんなんじゃ可愛いなんて言われる筈がない。
どうすればいいんだっけ…。過度なボディタッチは避けて、上目使いをして……。
それから……な、何をすればいいんだっけ!?



綱吉が隠した雑誌は、他の取り寄せの物とは事情がまったく違うのだ。
あれは綱吉とクロームだけの秘密。綱吉の隠した物の正体は女性のファッション雑誌なのだから。
どうして綱吉が女性向け雑誌を読み始めたのか。それはクロームに可愛くなるにはどうすればいいか尋ねた綱吉が参考になると思うと言われてクロームが持っていた女性のファッション誌を借りたのが切っ掛けであった。
流石に女の子のファッションを取り入れているわけではないけれど、そこにある特集だったりコラムだったり、女の子特有の彼氏の話だったりちょっとエッチな話のところを読ませてもらっているのだ。
最初は読むのすら恥ずかしかったけれど、女の子視点のそれは綱吉にも共感できるものが多くて今では綱吉はコラムや特集なんかの話は夢中になって読んでクロームと感想を言い合ったりする。
綱吉の名前で取り寄せてしまうと途中のチェックでバレてしまう可能性があるため、女の子であるクロームの名義で取り寄せてもらってクロームが読んだ後に読ませてもらっているのだ。
今回の特集はこれであなたも小悪魔になれる! というもので、綱吉はこれを待っていましたといわんばかりに食い付いて、舐めるように読んでいたのである。



二十歳を過ぎた、男である綱吉が可愛くなりたいと努力をし始めたのは、恋人である雲雀の一言が切欠だった。
「君、昔と比べたら可愛げがなくなったよね」
なんて。唐突に言われたのはベッドの上で、情事後のピロートークで。
雲雀は片手を綱吉の腰に回し、もう一方でさわり心地を確かめるように綱吉の頭を撫でながらそんな事を言った。
なんだそれ、なんだそれ、なんだそれ!
今の俺はダメダメだってことなの? 昔は可愛かったってことなの?

「つなよし?」

首元にかかる眠そうな雲雀の吐息まじりの声になんでもないですと何とか返すけれど、綱吉の脳内は荒れ狂うばかりだ。その後にぽそりと続けられた言葉も聞こえない。
おやすみ、と額にキスを落として先に眠ってしまった雲雀さんが憎らしく感じた。さっきの言葉は本心なのだろうか。
どうしてそんな事を言い出したのかちゃんと理由を聞きたかったけれど、出張から帰ってきて真っ先にこっちに戻ってきたよと言ったこの人が、そのまま綱吉が不足だとベットに放り込んでさっきまで綱吉をむしゃむしゃと食べていたこの人が、流石に疲れが溜まっていたのか泥のように眠る姿をみて起こすのが忍びなくて。仕方がなく無理矢理思考を海の底へと沈めて、雲雀の腕の中で眠ったのだった。



用意するので座っていてくださいと言って雲雀をソファに座らせて、綱吉はあんみつとそれに合わせた飲み物の用意をする。ここにはいろんな種類の茶葉やコーヒー豆が揃っているのだ。
今日はお茶にしようと手早く用意を済ませ、いつもはそのまま雲雀の横に座るのがお決まりになっているのだけどわざと反対側のソファに座った。
ここからが綱吉の本番である。
こっちにこないの? と目で問いかけてくる雲雀さんに綱吉は微笑してからなんですかと首をかしげてみた。
その一、微笑みながら首をかしげて話を聞くこと。
定番の小悪魔ポーズらしいが効果はよく分からない。雲雀さんの機嫌が下がったような気がするのはたぶん気のせいだろう。
食べさせてと言ってきたので自分のあんみつから白玉をスプーンですくってあーん。雲雀さんの口元に差し出せば手を掴まれてばくりと食べられる。おいしいですかと聞けば、あんみつのおいしさに少しだけ機嫌が戻ったようにうん、と返してくれる。

「もう一口ちょうだい」

雲雀さんのものがあるというのにどうして俺の手で食べるの? そう思うものの何だか雲雀さんが可愛く見えてきて綱吉だって負けてられない。

「雲雀さん?」

その一、上目使いで甘えること。
雲雀さんに一口あげたんだから、俺にもあーんってしてくれますか?
控え目な声で上目づかいを心掛けて。雲雀さんの手がうず、と動いてそれから仕方がないねというようにスプーンで自分のあんみつを掬うと俺の前に差し出した。

「綱吉、欲しい?」

俺の口元にあるそれは、俺が答えなければ与えてくれないらしい。

「……ほしい、です」

白い生クリームがたっぷりかかったクリームあんみつ。クリームはあんみつ屋さんとは別に取り寄せて、雲雀さんが好きだからとわざわざ乗っけてあげたのにどうしてクリームばかり寄こすのだろう。
それでもあーんと食べさせてほしくて口を開ければ、クリームのたっぷり乗ったスプーンをオレの口の中にあーんと言って突っ込んだ。

「ひっ、ばりさん!!」

無理矢理突っ込まれたのでぐえっとなって咽そうになる。甘い甘いクリームが口の中に広がっていく。スプーンに盛った量が半端なくて、口元も汚れてしまった。涙目で雲雀を睨もうと見上げればいい顔だね、と彼は笑った。

「今日は、どうしたの」

雲雀はスプーンを置いて綱吉の顔をくいと引っ張ると目元の溢れた涙をぬぐって。それから雲雀が持っていたハンカチを取り出して口元をふきふき。いやいや首を振ればこのセリフだ。

「何がですか……!」
「君、いつもより生意気だ。……素直じゃないし」

綱吉の努力は全く報われないらしい。生意気だ、なんて。可愛くないって言われているようなものだ。

「……だって」
「うん?」

言ってごらん、ちゃんと聞いてあげるから。
テーブル越しに綱吉の腰を両手で掴んでひょいと重さを感じさせずに軽々と持ち上げて。雲雀の膝の上に綱吉の身体を前向きにして乗せる。綱吉の腰に腕を回して逃げられないようにしてから、雲雀は綱吉に先を促す。

「……だって、俺、可愛くない……」
「君が? 可愛くない?」

君のどこが可愛くないって言うんだい? 雲雀が耳元で囁けばぴくんと反応する身体。よしよしと頭を撫でられて漸く体から力を抜いて雲雀に胸にそっと背中を預ける。そのまま視線を合わせないままでぼそぼそと独り言のように呟いた。

「だって雲雀さん、言ってたじゃないですか……」
「……あぁ、可愛げがないって?」

雲雀はそういえば言ったかもねぇと目を僅かに細めて。

「僕は可愛げがないといっただけで、可愛くないなんて一言も言っていないけれど」
「そんなのうそ」

綱吉は雲雀の横顔を見上げて言葉を遮る。

「そんな事言われたら僕だって傷つくよ」

こんな言葉で傷つくような性格なんてしてない癖に。綱吉が頬を膨らませればつんつんとそれを触られて、ぷしゅうと空気を抜いていく。

「君は可愛いよ。僕にとってはこの世で一番可愛い。可愛げがない君も、おバカな君も、情けない君も、どんな君であっても」

それに聞いてなかった君が悪いんだよ。あの時僕はちゃんと続きを言っていたのに。
雲雀の言葉がじんと響いて、綱吉はとてもとても恥ずかしくなった。なんでこの人はこうも思ったことを素直に言ってしまえるのだろう。

「ねぇ、素直になりなよ」

そうしたら続きを繰り返し言ってもいいし、君が素直だともっと可愛い。
そんな事言われれば素直になるしかないじゃないか。 何となくそのまま従ってしまうのは癪なので、綱吉は最後の悪足掻きをすることにした。これで負けてしまえば仕方がないけど。

「だいすき」

雲雀さんに輪郭がぼやけて鼻と鼻がくっつくくらい顔を近づけさせて、目を合わせて唇が触れる寸前で。
――――その一、会話中にさりげなく顔を近づけさせること。
一瞬で唇が奪われて、息もつく暇もないほどの激しいキス。苦しいですと肩を叩いて降参して漸く離れたと思えば、可愛い可愛いとキスの雨が顔中に降ってくる。

「……ほんと、小悪魔みたいだよね。君って」

雲雀の言葉に呼吸を整わせていた綱吉は、一瞬驚いたように眼を見開いて。大人の笑みで、艶然と微笑んだのだった。








いつまでだってあなたのせいで傷ついていたい
(ひーばーりーさん?)(まったく調子にのらないの)

2012/06/15 chisa
ツイッターで仲良くしてくださっているユウキ様からのリクエストになります、小悪魔ツナさん(10年後)な1827になります。上手く小悪魔になってる……かなぁ><