この世界は何なのだろう。
目の前にあるのは、中学時代に使用していた、応接室の自分の机。
カレンダーの暦は記憶よりも10年も前で止まっている。
同じようで違うもの。10年バズーカの仕業だろうと思うものの、ざわざわと胸騒ぎがして。それを止ませるためにと仕方なく目の前の書類を片付けてみるが、いくらたっても、もとの場所に戻る気配はない。
鏡がないために体は自分の目で判断するしかない。
そう今僕は、制服を着ていて。両の目にうつる手のひらは、覚えているものよりも情けないほど小さくて。
……これは、なに?
僕のこの身体は、僕の並盛は、並中は。彼は、どこにいるの。
なんで帰れないの。なんで戻れないの。僕の記憶は、この時間より先を生きていた筈なのに。
この腕に抱いていたはずの暖かなぬくもりはどこにいってしまった?
小さい手のひらで、顔を覆う。手のひらはまだ子供子供していて大人ほど硬くはない。
ゆっくりと瞬きをする。世界がその一瞬で変わってくれないかと期待を込めるけれど、何も変化はない。 目を瞑る。そして思い出そうとする。何があったのか。どうしてこうなったのか。
考えても考えても、何が起こったのか分からなくて。唯一わかっているのは、僕が未来から来たことと、君と過ごしたこの記憶の存在だけ。
しかたなく君のことを考えた。いや、君のことを考えるしか、できなかった。
君の姿を思い浮かべた。
重力に逆らう、ふあふあの髪の毛。触り心地のいい、それが最初に浮かぶ。そして幼い顔。大人になっても、瞳は大きいまま。キラキラ輝く琥珀の瞳。可愛らしい小さな鼻。赤く色づいた頬。薄紅色の唇。抱きしめると壊れそうな細い、けれどしなやかな身体。
それらで構成する沢田綱吉が、何故か、遠く感じる。
想像の世界の彼は、何故か僕を見ない。僕を見ないでどこかに行ってしまおうとする。
腕をつかもうと手を伸ばせば、すり抜けた。



(――――ねぇ、君の背中が遠いよ)

遥か彼方の向こうにたたずむ君は、僕に振り返って微笑むことは二度とないのだろうか。
君のいる世界から、僕が切り離されたのだろうか。僕、だけが。
瞼を開き、顔を覆っていた手が湿っていることに気づく。
――――ちがう、ちがう、ちがう。
あれは想像のもの。現実ではないサワダツナヨシ。
どこにいるの。どこにいってしまったの。もうすぐ戻れるかな。
あいたいんだ。きみに会いたいよ。もう一度抱きしめてやりたい、のに。

君は、僕を置いていくのかな。いや、僕が、唯一守りたいと思った君を置いていってしまったの、か。
すとんと答えが降りてきた。本当は解答なんてとっくの昔にわかっていた。けれどもそれを受け入れたくはなかったのだ。それはこれからさきもずっと(みとめない)。






「小動、物……?」

彼の気配がする。よく似た、けれど別人の気配が、僕に近づいてくる。
鳴り響く複数の靴音。とんとん、一番軽い音は彼の音。煩わしい喧騒はシャットダウンして、彼の音に耳をすませた。




――――ねぇ。君に似た子を見つけたよ。
――――ねぇ。君にとてもそっくりだったんだ。
――――ねぇ。君は今、何をしているの?




僕の目の前にいる小動物は、君とは違う。けれど同一人物である。
彼はおかしい。抱きしめると抱きしめ返され、擦り寄ってくる。ふあふあした頭を撫でれば嬉しいと言わんばかりに満面の笑みをこぼす。餌付けすれば今はまだいない小動物達のように懐いてくる。
けれどおかしいのは、僕の方だ。心の底からこの状況を望んでいる僕がいることに内心、驚いている。


「小動物、こっちにおいで」

君といると落ち着くと僕は言ったけれど。本当は違うことを知っていた。
君がいると、僕は落ち着かない。君がいないときはイライラするけれど、いるならいるで心臓がせわしない。彼を抱きしめるたびに汗ばんだ手が、緊張していたことを教えてくれるのだ。
まるで精神までも子どもに戻ってしまったみたいに思う。




――――ねぇ。彼は、君ではないんだよね?
――――ねぇ。僕は、何故ここにいるのだろう。
――――ねぇ。僕の声は君に届いてくれているのかな。




届かないことは、とうに知っていた。
夢のような世界のことを、とうに記憶の片隅に仕舞ってしまったことも本当はどこかでわかっていた。


ああそうか、僕は。
認めたくなかった。君が、君ではないことを、認めたくなんかなかったのだ。
君は何も変わらないのに。僕は、君が本当にとても優しくて、強くて、でも本当はとても弱い事を知っているのに。

「君の名前は、何?」
「……? ヒバリ、さん……?」
「君の名前」

おしえて、とサワダツナヨシに希う。

「……沢田、綱吉です」

小さい声。まだ声変わりのしていない幼く高い声だ。でもこれはこれから成長していく。
僕の沢田綱吉へと変わっていくのを知っている。
知っている。知っているよ。大丈夫、ちゃんとわかってる。君が沢田綱吉だってこと。
認めてあげよう。
僕は、君が、君であれば、それでいい。それでよかったんだ。

「僕が愛しているのは―――君だ、沢田綱吉」



――――ねぇ。僕はずっと、夢を見ていたんだよね。
――――ねぇ。君と出会う夢を。君と離れ離れになる夢を。




僕の記憶が本物にならないよう。君をずっと支えることができますよう。
そう、願っている。








手は確かに届いていたね、だってとても痛かった
(ヒバリさん、痛いです。少しだけでいいから力を緩めてください)(……やだ。もうはなさないからね)
2012/05/05 chisa(2012/05/04 pixivにてUP)
―――――ゆめか、うつつか。ヒバリさんが世界とツナを認めたおはなし。