並盛山の奥深くには化けギツネが住んでいるのだという。その狐の姿は、常時人間の姿で過ごしており、たいそう美しい男の姿をしているという噂があった。その噂はいつしか都市伝説となって、山の麓の並盛の町に言い伝えられていた。

あまり仲がいいとは言えない同じクラスのグループに捉まり、ゲームに負けてしまった綱吉は罰ゲームに山に入って狐を探して来いと言われ、そんなものいる筈がないと思いながらも狐の在り処を探していた。罰ゲームと称したツナイジメをしてくる少年たちが、綱吉が山に入って姿が見えなくなるまで見張っていたからだ。もしすぐに帰っていったら、彼らがまた綱吉を苛めるだろう。始めはカバンを持てだとか、パシリに使われていた綱吉は、だんだんとエスカレートしてきた苛めの方が、森に入るよりも怖かった。

「あれ、ここ、何処だろう?」

森の中を頂上の方に向かってザクザクと歩いてきた綱吉だが、並盛山には人間が歩く道がない。並盛山には不思議な話が多く残り、一つには磁石が使えないため、並盛山に足を踏み入れた者は帰ってこれないというものである。その噂から、並盛町に住む人は全く足を踏み入れない。無事帰ってきた人間は、今までで一人だけ、らしい。その人間すらも噂でしかないので、本当のことは誰も知らなかった。
ひたすらに歩き続けると、大きな屋敷が見えてきた。どうしてこんな山の奥に大きくて立派なお屋敷が建っているのだろう。そんなものが建っているのだから、ここに人が来たことは間違いないのだろう。もしかして、今でもいるのではないか。そう思い、人はいないかときょろきょろと辺りを見回した。

「君、並盛の子だろう」

背中から掛けられた声は、これまで聞いたことのない、少し低めの美しいテノールだった。


*


「僕は、並盛山に住んでいる神様さ」

だれと綱吉が言うと、目の前の美しい青年は、にやりと笑う。

「貢物をちょうだい」

そうしたら、君の願いを叶えてあげる。君、迷子なんでしょう?家まで送ってあげるよ。その男はぺろり、唇を妖しげに舐めた。騙されやすそうな、いいカモだ。

「……なんて嘘。僕はここに住んでいるんだ」

あまりの驚きように、ずっと固まっている綱吉を見た雲雀はさすがに哀れに思ったものだからそう言ってやった。

「……え?どっちが本当なんですか?」
「神様、」

いや、嘘だよ。そんな大層なものじゃない、と雲雀が言う前に、綱吉は感心しきったように感嘆の声を漏らす。

「知らなかったです、神様がこんなに近くにいたなんて! ……あ、オレ、今何にもないんです。ごめんなさい!!」
「……まあいいよ、僕が見える奴は少ないからね、特別に許してあげる」

意図的に姿を見せたのは雲雀であるが、面倒臭くなってきたので話を合わせてやる。

「そうだ! オレ、キツネを探しているんです。並盛山に住んでいるっているキツネ。神様は見たことありませんか?」
「ふうん、知らないな。そんな事よりも僕は雲雀。神様って名前なんかじゃない、雲雀って呼びな」

目の前の小動物のような子どもに、神様と言われてなんだか腹が立った。嘘をついたのは自分だというのにである。今まで散々人を化かしてきた化け狐の自分ではあるが、この子供に嘘をつくのはなんだか罪悪感があった。
それに綱吉が山に入ってきたことは山に住む雲雀に使える鳥から聞いて知っていたが、狐が見たいからという理由で入ってきたことは知らなかった。噂でしかないものをこの子は信じるのだろうか。でも、神様だというバカげた嘘を信じたのであるから、信じていたのかもしれない。

「あ、オレ綱吉って言います。沢田綱吉です!」

雲雀を見ていた綱吉はあることに気づいてしまった。雲雀の影には人間にはない、頭に生えた耳と、尻尾が動いていたのだ。

「そう、じゃあ綱吉、ここから町まで送ってあげるからついてきな」

雲雀からは悪い感じがしないから大丈夫。綱吉の直感はいった。彼の好意に甘えるべきだと。


*


雲雀は無事に綱吉を送り届けてくれた。山を下り、家までついてきてくれるらしい。帰り道に綱吉を苛めるグループにあったが雲雀が、群れが嫌いという理由で咬み殺してしまった。綱吉は家の目の前について横で欠伸をする雲雀を見て礼を言うために頭を下げた。

「ヒバリさん、今日は本当にありがとうございました! 今、他の人にも見えるようにしているんでしょう? 良ければ上がってください、夕飯を一緒に食べませんか? オレ母さんに頼んでみます!」
「いや、いいよ。僕、神様だって言ったでしょう?」

そんなもの取らなくても平気だよ。僕帰るから。山に入って迷子になるなんて二度とするんじゃないよ。そう言って雲雀は一瞬で見えなくなってしまった。

「オレ、絶対お礼をしに行きますから!!」

綱吉は消えてしまった雲雀がいたところを寂しそうに見つめ、決心したように山に向かって叫んだ。その様子を、雲雀はじっと見ていた。姿を闇に隠しただけで、まだ居なくなったわけではなかったのだ。いつの間にか雲雀の頭に三角の耳が、そしてその背には触り心地のよさそうなふさふさの尻尾が現われていた。


*


「……君、また迷子になりにきたの?」
「違います!ヒバリさんに会いに来たんです!」
「ふうん?」

雲雀を探しにやってきては迷子になるツナを助ける日々が続いた。
面倒くさいと思いながらも、ついつい手をかしてしまう。だって、放っておけないからだ。
最初はお礼をしに来たとやってきた。それから綱吉は、化かされているとも知らずに、何度も何度も雲雀のところに通い、そして必ず迷子になるのだ。毎回、雲雀に言われた貢物を持って、ヒバリさん、何処ですかとべそをかいて泣くものだからやれやれとしながらも綱吉を助けてしまう。あれが食べたい。これが欲しい。持ってこい。どこかの少年を苛めるグループと同じことをしている。だが、一人で帰りなといっても、綱吉はオレ一人じゃ帰れませんと首を振る。じゃあもう二度と来るな、と言えば悲しそうにするから、仕方なく次は何が欲しいと言ってやるのだ。

「また来たのかい?」

ある日のことだ。いつもより大きな荷物を抱えてくる綱吉に呆れたように声をかける。

「はい! 今日は食べ物ですよ! 前のときは何にもいってくれなかったから、オレ一生懸命考えたんです。オレが一番好きな食べ物なんです。ハンバーグっていうんです。ヒバリさんにもこの美味しさを分かってほしくて」

母さんのハンバーグはとても美味しいから。そう言って、差し出してきた包の中には2人分の食事。

「……なんで2つあるの?」
「えへへ、オレもヒバリさんと一緒に食べたかったんです」
「……勝手にしなよ」

そう言って、包の中からハンバーグなるものを取り出し、一緒に入っていた箸でそれをつついた。

「……美味しい」

じっと雲雀が食べる様子を見つめていた綱吉はホッとしたようにありがとうございますと笑って、自分の箸を取り出した。

その日は二人で静かにハンバーグを食べた。時間が経ってしまっていたために温かくないハンバーグだったけど、綱吉にはこれまでで一番美味しく感じた。雲雀と一緒に食べているからだ。帰る時にまた食べたい。今度また持って来てという雲雀に綱吉は笑ってしまった。


*


綱吉は毎日欠かさずに来るようになった。暑い夏の日も、寒い冬の日も、雲雀に会いに来たと言って笑う。雲雀はいつも話の聞き手だった。化かしているのだから、迂闊なことは言えない。人間とはなんと不可思議なものかと話を聞いているといつも思う。いや、この子が特別なのだろうと思った。彼の話は尽きない。今日は誰に苛められたとか友人ができただとか、昨日の料理はどうだったとか。彼は雲雀の退屈を埋めてくれる貴重な存在になっていた。…時々ムカつくこともあるが。
このまま化かしていた方がいいのだろうか。僕は“神様”としていた方がいいのだろうか。今の関係を続けていくには、彼にとっても僕にとってもその方が良いのだろう。
長く続けばいい。出来るだけ長く。彼が僕の真実にずっと気付きませんようにと、雲雀は無意識に心のどこかでそう願っていた。


*


それは、人間である綱吉と化け狐の雲雀が出会い、季節が一回りほどしたある日のことだった。
その日は、いつもと違う真剣な顔をした綱吉が、やはり迷子になって、雲雀に見つかった。雲雀を見て少しだけ表情を緩めるけれど、どこか緊張している様子だ。そんなに何か大事なことがあるんだろうか、と首を捻った。

「ヒバリさん」

硬い声に雲雀は目を細める。もしかして、化かされていることに気づいたのかもしれない。もう二度とここに来ないというのかもしれない。

「オレ、ヒバリさんのことが好きです!」

綱吉は真っ赤になって一生懸命に伝えてくる。如何に雲雀が好きなのか。雲雀はなんだか拍子抜けしてしまった。

「……ふうん、そうなの」

彼から好きだといわれて、嬉しくない訳ではない。雲雀だって小動物みたいな彼のことは嫌いじゃない。

「雲雀さんが神様なのはよくわかっているんです。それでもオレ、あなたが好きだ! どうしようもなく好きだ!! …あなたがどんな存在でもいいんです。オレをずっと雲雀さんのそばに居させてくれませんか?」

雲雀は目を丸くした。
彼は僕のことを“神様”という。僕の本当を知らない癖に、そばにいたいと、いう。なにもしらないのに。
ムカつきが、雲雀の体中からあふれ出した。自分の力を抑えきれない。

「僕は、神なんかじゃない」

雲雀は人間の姿から、キツネの姿になる。初めて見せる己の本来の姿だ。自分の力を制御できなくなると、意志とは関係なく戻ってしまうのだ。

「化かされたことにも気付いてなかったんでしょう」

責め立てるように、雲雀は言う。綱吉なんか嫌いだ。彼は、僕の本来の姿を知った。もうここには来ないだろう。早く消えてしまえばいい。僕のことを嫌いになる綱吉なんか嫌いだ。
綱吉はその場を動かなかった。雲雀をじっと見ていた。そしてゆっくりと雲雀に向かって歩き出す。

「……オレ、知っていましたよ。言ったでしょう、どんな存在でもいいって。初めて会った日からずっと気づいていました」

綱吉はそっと雲雀の体に触れ、静かに答えた。ぎゅうと、雲雀を抱き締める。雲雀はとても暖かかった。

「嘘だろう」

毛を逆立てた雲雀は、綱吉がその体を撫でると落ち着きを少しずつ取り戻し、キツネから人間の姿へと戻る。綱吉は雲雀の背に手をまわして抱きついた。雲雀は眼下にある綱吉の頭を見つめてぽつりと呟く。

「…だって雲雀さん、キツネであることをちゃんと隠せていませんもん」

ぐりぐりと頭を雲雀の胸のあたりにすりつける。そうだったの、と雲雀は幾分か沈んだ声で言った。 僕の能力が制御しきれていなかったというのか。

「ヒバリさん。それで、お返事聞かせてください」

綱吉は上目づかいになり、その大きな瞳を潤ませる。

「オレをヒバリさんのそばにずっと居させてくれますか」

小動物の癖にどうしてここまで押しに強いのか、そう雲雀は思ったが、今は気にしないことにした。せっかくの美味しそうな獲物が雲雀の腕の中に大人しくいるのだ。カプ、とその小さな鼻を食べてやり、ニヤリと笑ってやる。

「……もちろん。君はずっとこの僕のものだからね」

その言葉に満面の笑みを浮かべた綱吉は、雲雀の頬に、ちゅ、と口付けたのであった。


*


並盛の森の奥の何処かのお屋敷に二人は住んでいる。時々綱吉は並盛町に降りて家族の元へ帰るが、それ以外ずっと二人は一緒だ。
縁台に座った綱吉の膝を枕にして寝ころんだ雲雀が、綱吉にその頭に生えた耳を優しく撫でられている。気持ちがいいのか、ゆるりと目を細め、少しだけ目尻の横が赤い。安心しきったように目を瞑る雲雀を撫でる綱吉が反対の手を雲雀の顎にやってくすぐると、その手を掴んで指を絡めた。

「ヒバリさん、大好きです」
「うん、僕も好きだよ」

パシリと雲雀の尻尾が、嬉しそうに揺れる。しあわせが、あふれていた。







たまらないむごさであなたはまっすぐだ
(だからこそ、君が好き)
2011/09/28 chisa
某場所で呟いた、化け狐の雲雀さんとツナたんの話でした。書きたいところだけを書いたような感じなので、話がブチブチと切れています、すみません!それでか、地の文が長くなってきているような気がします。説明が長いのでしょうか、うう。
化かしていた筈なのに、化かしきれていない雲雀さん。どうしてなのか、ツナたんが無駄に積極的に動いてくれました。ありがとう!そしてありがとう!← 呟きに反応してくださったひとみさんにも感謝です!言いだしっぺな私が書いたのはこんな話になってしまいましたが、よかったらもらってやって下さい><