「ごめんなさい、ヒバリさん」

そう言って別れてくれと、理由も告げずに去ろうとする彼を雲雀は引き止めることができなかった。
愛しあっていると思っていた。
君とこれからも過ごしていけると。
好きだと言ったら、彼は頬を染めて俺もですと頷いてくれたのに。

―――ねぇ、嘘だったのかな。今まで僕を騙していたの?

頭の中がぐちゃぐちゃに混乱して、遠ざかっていく後ろ姿に雲雀の頭は真っ白になって、情けないほどに歪んだ顔をして嗚咽を抑える彼の表情を、見ることさえできなかった。

―――君は、僕を愛してはいなかったんだね。
僕もだよ。君なんか……大嫌いだ。

そう、彼なんて嫌ってしまえばいい。咬み殺してしまえばよかったのに。
次に会ったときは、僕を騙したことを後悔させてやろう。
そう心に誓った次の日から、綱吉の姿は並盛町から忽然と消えていた。正確にいえば獄寺隼人という綱吉の忠犬やリボーン、沢田家に住む居候と共に。


母親とまだ小さい子供が二人だけ残る、沢田の家。もじゃもじゃ頭のうるさい子どももいなくなっていた。風紀委員を総動員させても情報はつかめない。
どうせボンゴレ関係なのだろうが。
今の雲雀には嫌いだ、という感情よりも、何も告げなかった綱吉への苛立ちの方が強い。
嫌いだなんて一時の感情だった。
僕はあの子を愛していた、そして今でも。
嫌ってやろうとしたのに、どうしてか、できなかった。

―――あのとき引き止めてやれば何かわかったかもしれないのに。
心配と苛立ちはムカつきへと変換され、雲雀の指輪から紫色の炎が轟々と燃える。
見つけたら、咬み殺して、抱き殺して、愛を教え直して、与えて、束縛して、独占してやる。そして雲雀の腕の中にずっといればいいのだ。
あぁなんて馬鹿な子だ、こんなに雲雀に愛されているというのに。
(理由もなしに去っていくような野郎を好きな僕も大概馬鹿だけど)
そうして、雲雀は彼を再び手に入れるために動き出した。


夜見回りにいけば、何時もは雲雀のためにと窓の鍵が開けてある部屋は、暗い。
手がかりは此処ぐらいしか残っていないのに。

山本に聞いてもわからないと首を横に振り、すみませんと言われ、ツナのいなくなる直前の様子を聞かされただけだった。
だから雲雀はわざわざ来てやったのだ。あの子の想いの欠片を探しに。

『ヒバリ、ツナはさ、あんたが嫌いでフったわけじゃねーと思うぞ』
『俺から見れば、お前たちは好き合っているように見えたし、ツナがお前を見かけると嬉しそうに笑うから幸せなんだなって安心してた。だけどさ、ツナたちがいなくなる前の日あいつどこかおかしかったんだ。いつも幸せそうにお前を見るのにその日だけ、どこか思いつめた顔をして―――』

雲雀に何も言わないから悪いのだ。なんでも言えと、そういつも言っていたはずなのに。
愚かなほどに優しいあの子は何を僕に隠していた。
綱吉が使っていた部屋には大きな家具類や漫画など、普段の彼の生活を思わせるものが多く残っていた。ゲーム類は本体と数本のゲームがなくなっている。きっと持って行ったのだろう。だけど一番好きだと言って、雲雀に教えてくれたゲームがぽつりと机の上に置いてあった。



雲雀さんへ

もし、この手紙を読んでくださっていたのなら、その時俺は、あなたの側にいないと思います。何も告げないであなたから逃げてしまって、本当にごめんなさい。
九代目が、今、とても危険な状態にあるんだそうです。だから、俺はイタリアに行かなくてはならなくなりました。ヴァリアー戦のときの怪我も関係しているんだと思います。
この先どうなるかはわかりません。もしかしたら、イタリアに渡ったら、俺は並盛に帰って来れないかもしれません。ヒバリさんに会えるのが何年も先になってしまうかもしれません。
俺はあなたが好きです。ずっと側にいたいです。ヒバリさんに告白されて俺がうなずいたとき、ヒバリさんが、ずっとはなさないからと言ってくれてうれしかった。
ヒバリさんが大好きです。でも、一時でも俺はあなたから離れなくてはいけなくなってしまいました。ヒバリさんのことを疑うわけじゃないんですが、とても不安です。
俺がいなくなって、もし、何年も会えなかったら。あなたに俺より大事な人ができてしまったら、俺の事を好きじゃなくなっていたら。そう考えると、頭の中がぐちゃぐちゃになって、離れたくないのに、別れたくないのに、ヒバリさんが大好きなのに、未来が怖くて悲しくてどうしようもなくて。
だから俺は、イタリアに行く前に、あなたと別れることに決めました。
ごめんなさい。弱い俺で。いつまでも大好きです。
直接言うことができなくて、ごめんなさい。
文章もめちゃくちゃになってごめんなさい。あなたを、いつまでも想っています。
次に会えたとき、まだあなたが俺のことを想ってくださっているなら、その時は。
抱きしめて、下さい。
自分勝手でわがままなお願いでごめんなさい。

沢田綱吉




あの子はやっぱり馬鹿だった。
僕が、あの子以外を好きになるなんて、どうしてそんなバカなこと考えつくんだろうか。
あの子だけに優しくしてるのに。大事に大事に愛してあげていたのに。
伝わっていなかったのだろうか。この、雲雀の重すぎるほどの想いが。
ゲームの箱の中から取り出した手紙を読み、雲雀は唇を噛んだ。
君の方が僕には心配なのに。僕とはなれるなら、君は僕が知らない君に変わってしまうかもしれない。君が僕を想う思いも変わってしまうかもしれない。
はなしたくなんてなかった。少しでも君が何かいってくれれば、僕は並盛を捨ててでも君を放さないのに。ずっと側にいるのに。


―――君は今、独りぼっちかな。僕も今、独りぼっちだ。


泣いていないだろうか。悲しんでいないだろうか。
他に好きな人ができてなんかいないだろうか。
君はずっと、僕のものだと決まっているのに。

君が悪い。僕をこんなに弱くさせた君が、すべて、悪いんだ。
どうしてくれようか。まずは君を追いかけて、捕まえるのだ。

―――この先、一生離れるなんて言わせないように。


「やあ、久しぶりだね」

雲雀がイタリアへと降り立ったのは、あれから一日後のことだった。
すぐに飛行機をチャーターして草壁に操縦させ、雲雀は綱吉がいるという、イタリアへと渡ったのだ。それからすぐに赤ん坊と連絡をとり(あいつがバカなのは知っていたがお前も相当だなと笑われた)イタリア本部へと足を踏み入れ、次期十代目が今住んでいると教えられた城の部屋へと丁重に案内された。赤ん坊の指示なのだろう。
部屋からは、雲雀に小動物と称される最愛の少年の声と、耳障りな忠犬の声が聞こえる。
綱吉様、客人が来ております、と使用人がノックをし、少し経ってはい、どうぞという声が聞こえてきた。
ドアが開いた途端、見える変わらない君の姿。服だけは、こちらではいつものラフな格好を許されないのかはたまた持ってきていないのか、スーツを着ている。後には忠犬が控え、さも十代目の守護者であるといった様子であった表情から、驚愕へと変わった。
綱吉は眼を見開いたまま固まっていた。
挨拶をすれば獄寺はハッとしたように綱吉を見つめ、そして雲雀へと視線を向ける。
獄寺は、雲雀の事を綱吉から聞いているのだろう。……ムカつく。
そのムカつきに気づいたのか綱吉がびくりと反応し、獄寺は雲雀を睨むと、すぐに心配そうな顔をしながらも、綱吉に声をかける。

「十代目、すみません。俺リボーンさんに言われていた用事を思い出しました、ちょっと行ってきます。大変申し訳ないんですが……おい雲雀、折角来たんだ。俺がいない間、十代目の話し相手になれ。……心配しないでください! 終わったらすぐ戻ってきますから!!」

綱吉が獄寺を引き止めるように縋るように見つめる。
それにムカついてトンファーを忠犬に向ければ、忠犬は雲雀に目配せしてきた。

―――十代目を、頼む。
―――あたりまえだよ、この子は僕のものなんだからね。

そう目で返事を返せば、ムッと苛立ったように、だけど、どこか嬉しそうな表情をして忠犬は去っていく。
「あ……獄寺くん、行ってらっしゃい」
「はい!」
綱吉は、残念そうな、嬉しいような、どうすればいいのかわからないといった複雑な顔をして獄寺を見送った後、雲雀へと体ごと動かして目線だけを少し雲雀から外した。

「お、お久しぶりです、ヒバリさん」
「うん、一週間ぶりかな」
おどおどとうろたえ、雲雀をまともに見ない綱吉の様子を観察しながら、雲雀は返事を返す。

「えっと…どうしたんですか?イタリアまでヒバリさんが来るなんて」
あくまで別れたのだ。もう終わってしまったのだ、といった様子で聞いてくる綱吉に雲雀は意地悪がしたくなった。
君がそういう態度なら、僕から抱きしめてなんかやらない。
「赤ん坊にちょっと用があってね。こっちに来いっていうからわざわざ来たんだよ」
さも、君のためなんかじゃない、といった表現をしてニヤリと笑ってやる。
―――君には僕を置いて行った罰を与えないとね。
手紙のことなど知らない、君のことなんか好きじゃない。
そう言わんばかりな態度をする雲雀に綱吉は唇を噛んだ。
そして、うろうろと視線を彷徨わせると、雲雀へとそっと焦点を合わせた。


「あの、突然申し訳ないんですけど……抱き締めてもらっても、いいですか?」
そう、上目づかいに潤んだ瞳を向けてくる綱吉にやっと雲雀が映ったことを確認して、雲雀はうんと頷いて鷹揚に笑ってやる。
「いいよ」
(つかまえた)
抱きしめて、もう離すものかと抱きしめる力を強くして、耳元で囁いた。

「……手紙、読んだよ」
「これが僕の返事」
「何のことだかわかるよね」
「……好きだよ」

綱吉を見れば、頬を薄紅色に染めた綱吉に最初に告白した時の面影が重なる。
(いとしい、とおもえるのはずっときみだけだから)

「ねぇ、綱吉」
―――君のハートをこじ開ける。覚悟しなよ。








失敗はむしろ君をあきらめたことだったかな
(もう二度と君をはなさないよ、覚悟して)
2011/03/31 chisa
切ない、ありきたりな話でした。切ない話が大好きで、大好きでしようがないです。ラブラブももちろん大好きですが。昔から、シリアス系は大好物なんだよな。
最後を考えてから、中身を考えるのが好きです。たまに最後と矛盾して最後を書きなおしますが今回は上手くいった、かな?