1月4日、イタリアに数か月に一度くらいの頻度で届く、手紙が届いた。
 宛先は俺。届け先の住所はない。
 それでもこの便箋を使う人をは俺はよく知っている。その人のお兄さんにいつも直接手渡される分厚い手紙に、俺は何時も安心させられているからだ。
 笹川京子ちゃん。
 彼女からの手紙は、いつもいつも優しさがあふれている。
 ツナ君元気?怪我とかしてない?大丈夫?
 と、俺からは何も返せていないのに、彼女はこないだこんなことがあったの、今はね何をしているんだよ、と近況をつらつらと語るのだ。
 昔からの繋がりは、彼女によって細く細く、続いていた。
 その彼女からの手紙。いつにもまして分厚いそれ。
 昔と変わらない可愛らしい文字がつらつらと並んでいる。
 子供時代、彼女を好きだったということが誇らしい。彼女の言葉は、俺を優しくしてくれるような気がするのだ。
 微笑ましく思いながらも読み進め、何枚も綴られた便箋が最後の一枚になったとき、そこには、一枚の写真付きの年賀状が挟まれていた。
 ―――――私たち、結婚しました。
 なんて。
 なんて幸せそうな彼女のウエディング姿。彼女の横には俺の知らない男性。
 彼女がまだ中学生の時に俺に笑って応援してくれた、優しい笑みよりも、ずっとずっと美しく輝いている彼女がそこに、あった。
『ツナ君も、お兄ちゃんも、みんな、元気にしてますか?私は元気です。
 あのね、私、結婚することになりました。
 お相手の方は今私が働いているところで出会った人です。ツナ君みたいに優しい人なんだ。えへへ、恥ずかしいね。
 私ね、ずっとずっとツナ君に言いたかったの。でも今まで言えなかった。ごめんね、結婚して、少し経ってようやく貴方に教えられる勇気が持てました。昔、ツナ君にみんなのこと教えてもらったとき、ツナ君はこんな気持ちだったんだね。
 ツナ君、いつも私を気遣ってくれてありがとう。私は、ツナ君のことが好きでした。そして今でも大好きです。中学時代に出会ったみんなが大好きです。
 みんなが幸せになれますように。明けましておめでとう。今年もよろしくね。』
 胸が苦しくなるような言葉がそこにあった。好きだとか、俺が優しいだとか。鼻の奥が、つん、とする。
 涙は出ない。悲しいわけじゃないからだ。しかし視界がぼやけていた。それなのに、俺は視界がぼやけて読みにくいその手紙をもう一度はじめから読み返した。
 彼女の旦那さんにこんな手紙ばれたら俺殺されるんじゃないかなんて可笑しな感想を抱きながら。
「綱吉?」
 何かあったのかい、と部屋に入ってきた男はタオルでごしごしと己の頭を拭きながら、手紙を読む綱吉の手の中を覗きこんでくる。
 あぁ、と一つ彼は頷く。彼はそのことについて知っていたのだろう。並盛のことはこの人が一番よく知っているのだから。
「……どうしたの?」
 悲しいのかい、悔しいのかい、それとも。嬉しいのかい。
 背中から抱きしめられた綱吉は、温い体温にそっと目を閉じる。
「……たぶん。たぶん、俺は嬉しいんだと思います」
 名もつけられないような感情だけど、それは悪いものじゃないかった。
 悲しいでも悔しいでも痛いでも苦しいでも、ない。負の感情ではないのだから、名をつけるとしたら、嬉しいだろうか。
「何か、いいなぁ、って」
 あぁ、そうか。言葉に出してみてなんとなくわかった。嬉しいよりも羨ましい、なのか。
「そう。ウェディングドレスが、かい?」
「……わざと言ってるでしょ」
「そんなことないけど?」
 それはつまり、貴方は俺にウェディングドレスを着てほしい、と。白無垢もいいよねとのたまう男が恨めしい。
「君が、あいする人のしあわせだ。だから、嬉しいんだろ」
「あいする、人ですか」
「そうだろう?」
 君があいするひとは大勢いるじゃない、と俺を抱きしめる彼の体温が沁みわたってくる。
 彼はシャワーを浴びてきたばっかりなのだ。彼は下着しか身に着けていない、それでいて綱吉に熱を分け与えようとする。
 ぽたり、雫が落ちてきた。
「つめたっ」
「あぁ、そういえばまだ髪を乾かしてないからね」
「濡れちゃう濡れちゃう!」  
 手紙が危険だと相手を睨み付ければ、彼は濡らしちゃえばいいじゃないってふんとしながら言う。
「なんでそんな事言うんですか」
「君が泣きやすくなる」
 泣けばいいだろ、僕しかいないんだから。
 君は泣きたいんでしょ。そう言う顔してる。
 僕の落とした水滴なんて君が流す水滴との違いはしょっぱいかしょっぱくないかの違いじゃないか。
「……っ」
「いやなら、僕が鳴かせてあげようか?」
「意味が、ちが、う、ばか」
 正確に彼の言葉をその裏までも読み取ってしまう。この人は、冗談なんて言わない。
「そう?」
「……泣きたくなんてないのに、」
「涙出てきた?」
「うぅ、かなしくなんて、ないんですからね」
「わかってるよ」
 ぽんぽんと、子どもをあやすように俺の頭を撫でる。ぼろぼろと、名のつけられない感情が涙となって零れおちてくる。
「君は、言葉足らずだから」
 だから言葉で伝えようとしなくていい。
 君のことは僕が一番わかってるから、と彼は言う。
 ―――そう言うあなたはちゃんと俺のこと、わかってないよ。
 馬鹿ですね。俺もまた、馬鹿ですけどね。
 漸く泣きやんだ俺は、彼を見上げる。ずる、と鼻水が出てきてちょっと恥ずかしかったけど、彼の顔を見て、正直に自分の言葉を伝えようと思った。
「彼女のことをあいするひとって、あなたは言ったけど」
 それはちがう。だってこの感情は“あいしてる”じゃないのだ。名をつけるとしたらそれは“すき”。彼女も、守護者のみんなも。みんなみんな“だいすき”だ。
 ――――だからね、俺が愛する人はただ一人だけなんですよ、雲雀さん。
「俺があいしてるのはあなただけ」
 ……寒いね、もう一回シャワーでも浴びてこようかな、今度は一緒に入ろうか?
 そう言って誤魔化しながら俺から顔を隠すように背を向けるその人は耳を真っ赤に染めていた。
 その背中に抱きついて、こみ上げる感情を唇にのせ、俺は彼の背にそっとキスをした。






背筋を伸ばして、目を逸らさない、それがどれほどの難事であったか
(あなただけをあいしてる)

遅くなっちゃったけど大好きな方の誕生日祝いとして差し上げたヒバツナです。友情出演で京子ちゃんが出張っているけれど、ヒバツナだと言い張ります。
支部のヒバツナマンスリー2013にこっそり参加させていただいたお話です(`・ω・´)ヒバツナはジャスティス!!
2012/01/28 chisa