5月5日、子どもの日。
小さい居候が多い沢田家は、今回の子供の日は毎年恒例の柏餅作りに異常な盛り上がりを見せていた。
まず綱吉が生地を練る。こねてこねてまたこねて、ぺったんぺったん繰り返す。その手つきはなれたもの。 周りでは興味心身にのぞいてくる幼い子ども達。耳たぶくらいの固さになったら蒸し器に入れるのよ、と奈々に言われて自分たちの耳たぶを引っ張って確かめる。
おいしくなぁれと魔法をかけながら、奈々と綱吉と小さい子どもたちといっしょに蒸し器を見守って、それが終わると火傷するといけないからと奈々は綱吉に危ないから子どもたちを見ていてねと言う。
手を出してしまいそうなのが一人いるにはいるが、様子を見ていると、その子どもは指を銜えて涎をたらしそうにしながらも作業が気になるためか、まだ大人しい。
母さんが終わったら俺達の出番だよと手を石けんで洗わせて、綱吉ももう一度一緒に手を洗う。
その間に奈々が手早く生地をまとめて、なめらかになるまで練る。冷水で生地を完全に冷ましたら綱吉達の出番だ。
生地を人数分に等分して、それぞれを丸める。一人ひとりに生地を渡して、綱吉は自分の手にあるそれを見本となるようにのばしてからあらかじめ用意してあったあんこをのせて包んで、あわせ目をしっかり閉じる。
ちなみに今回の沢田家の柏餅の餡はこしあんだ。すごいすごいと綱吉を子どもたちが褒める。
ツナ兄、すごいね、かっこいい!ツナ、もう一回!ツナさんすごい!
他の居候の分はすでに奈々が作っていた。奈々の分がつくっていなかったので、母さんの分はオレが作るよと言って、今度はゆっくりと丁寧に子供たちと作り出す。

「ランボそこはそうじゃないよ!」
「へっへーん! オレっちのあんこいっぱい入れたんだもんね!」

餡を入れすぎたせいでほとんど伸ばしていなかった生地は餡がはみでるほど。
綱吉がかしてごらんと言ってもランボはやだ、オレっちのだもんねと言って聞かない。

「ランボ、ダメ!」

妹のように可愛がっているイーピンが怒ったように言う。

「ランボ、だめだよ」

小さい子ども達の中で最年長のフウ太が諌めた。

「絶対やだもんね! オレっちの一番大きいからツナは盗ろうとしてるんだぞ!」
「そんなことするわけないよ」

ほら、かして? と手を伸ばせばやだ、と思いのほか強く跳ね返されて思わずよろける。
そこにさらにどすんと衝撃。ランボが頭でタックルしてきたのだ。

「う、うわぁ!」

粉まみれの手で何かに掴むのは気が引けてそのままひっくり返った。後には食器棚。ごぉんと響く鈍い音。

「ツナ兄、大丈夫!?」

いててて、と打ったところに触れれば血は出ていない。食器棚にも被害もない。
ほう、と安心したのもつかの間、そこが異様に熱を持っているような気がする。

「ツっくん、少し安静にしていなさいな」

奈々は即席の手作り氷のうを持って来て、髪をかき分けて怪我の部分を確認し、赤くなった部分にそっと氷のうをのせて、持っているようにと告げる。
頭の後ろ側を打ったので、なかなか寝転がることもできない。奈々と子供たちの様子が見えるのダイニングテーブルの椅子に座って眺めていると、柏餅作りは最後の蒸す工程に入り、泣きだしそうなランボとその後ろにフウ太とイーピンが近づいてくる。

「ツナ……ごめん」
「いいよランボ、お前もわざとじゃなかっただろ?」
「でも、でもツナが……!」
「俺は大丈夫だから」

抱きついてくるランボをよしよしと撫でる。
痛みは引いてきたように感じる。でも、少しだけ違和感が残る。局部が少し熱い。
それになんだか膨らんでいるような……。

「ツナ兄、たんこぶできてるよ」
「え! うそ?!」
「うん、本当。大丈夫? いたくない?」

フウ太が気を使ってランボを綱吉から引き剥がす。片手じゃランボを支えられないのだ。

「ツっくん、病院には母さんがお電話してあげるから、出かけられる準備をしてね」
「え!?病院!?」
「ええ、打ちどころが悪かったら心配だわ。しっかり病院で診てもらいましょう?」
「で、でも、祝日だし病院って休みじゃないの?」
「大丈夫よ、ちゃんと今日も診療があることは確認したわ。予約がすぐにとれたらいいのだけれど……」

奈々は受話器に手をかける。そして慣れた手つきで病院の電話番号を押すと、すぐに相手が出てきたらしい。

「沢田と申します。息子の綱吉が頭をぶつけてしまいまして……。えぇ、出血はしていません。たんこぶが…はい、わかりました。ありがとうございます。今からそちらに向かいます。……はい、では失礼いたします」

がちゃん。

「ツっくん、今から病院行きましょうね。母さんも「母さんはランボ達と家で待ってて!」」

病院内に母さんについてきてもらうのはなんとなく恥ずかしい。

「でも、何かあったら心配だわ」
「大丈夫、なんともないよ!」

大丈夫だからと奈々を一緒に行かせないよう何とか説得して綱吉は病院に出かける用意をする。
今日もまた、あの先生が担当なのかな。……雲雀先生、絶対呆れた顔をしそう。
負担がかからない程度に急いで仕度をして、いってきます! と玄関を出る。後ろから奈々の声がした。

「行ってらっしゃいツっくん! ……仕方がないわね。ツっくんが家に帰ったら一緒に柏餅食べましょうね、ランボ君もイーピンちゃんもフウ太君もツっくんのこと待ってられる?」
「はーいっ!」





―――――今日も、やっぱり雲雀先生が担当なんだ。
沢田綱吉と名を呼ばれて、雲雀先生だということを確認。担当医は決まっていない筈なのだが綱吉が病院に来るときは偶然にもいつも雲雀先生が担当なのだ。彼はいつも患者のことを看護師を使わずに自分で呼ぶ。雲雀先生の待つ診察室にそろり、足を踏み入れる。

「……また、君なの」

オレを呼んだのはこの人本人なのに。君か、なんて呆れた顔で。

「ご、ごめんなさい」
「今日は久しぶりの休日だったのにねぇ。君は僕を過労死でもさせたいの?」

むっすりと不機嫌そうな医者とは思えない顔をして雲雀先生は言う。

「ええ! 今日お休みだったんですか?!」

ごめんなさい! と謝れば君だけのせいじゃないよとそっけなく返される。

「……ゴールデンウィークだからって羽目を外した患者がとても多くてね。駆り出されたんだよ」

それで、今日はどうしたの。
雲雀先生は綱吉を上から下までみて、今日は怪我じゃないのかい、と嗤う。
怪我で病院に来ることが多いのでそう言われるのは仕方がないけれど、なんとなくムカついた。
今日は頭をぶつけたんです、と不機嫌に答えれば、雲雀先生はオレの体をぐいと引っ張って頭の後ろを覗きこんだ。

「ああ、たんこぶになっているね」

出血はなかったんだよね。触ると痛い?

「っいっ、たぁぁ!」
「うん、正常反応」

他に痛いところがあったりする? 頭痛とか痺れとか吐き気とか。
だ、大丈夫です…っ!

距離が近い。近い、近い、近い! 触診されているから仕方がないけど、先生の息とか耳に吹きかかって、なんかすごい近くて!
目だけを動かせば雲雀先生の喉仏がすぐ近くに見えて、すごく緊張する。

「なんか、甘い香りがするね」
「そっそうですか?」
「うん、甘い」

君、とても美味しそうな匂いがする。すん、と雲雀先生がオレの頭に鼻を近づけてくる。

「ったぶん、家で柏餅を作ってたからだと…っ!」
「君の家は自分の家で作るの」
「はっはい」

ふうんと言ってやっと、身体を放してくれる。

「家では何か応急処置とかした?」
「とりあえず冷やして安静にしてました」
「怪我してからどのくらい経つ?」
「一時間経っていないくらいだと思います」

雲雀先生は電子カルテを作成しながらオレに尋ねてくる。
触れられていたところがなんだか熱をもっている気がする。なんかのぼせそう。

「……沢田?」

どうしたの、と顔を固定されて真正面から目を覗きこまれて、視線から避けようがない。

「一応、検査をしておこうか」
「そこまでしなくても……」
「今はなにもなくても、後々症状が何か出てくるかもしれないし、もしかしたら中で内出血しているかもしれないよ」

そうしたら君の大嫌いな注射で血を抜かなきゃいけないんだよ?

「ひぃぃぃぃぃ!!」

リアルに想像してしまい真っ青になる。そんなオレを見て、雲雀先生は何故かにやにや。

「また、注射…する?」

ぶんぶんぶんぶん。何度も首を振って拒否をすると、そう、と残念そう。 痛くしないのに、と言われても返答に困る。
そりゃ、名医ですもんね! ほんとに痛くなかったけどさ!

「はやく検査をしてくださいっ!」

やれやれ仕方のない子だと雲雀先生は笑って席を立ち、オレを検察室に促したのだった。






「何ともなくてよかったね、この結果なら自然に治るよ」

検査結果を診ながら雲雀先生はつまらなそうにいう。

「はい、ありがとうございました」

つまらなそうに言われても、何もなかったのだからとお礼を言う。つくづく雲雀先生ってお医者様が似合わない。
そのまま無言になってしまった先生をみて、帰ってもいいのかと首をかしげる。

「……あの、先生?」

もう帰っても大丈夫ですか、と立ち上がる前に先生はオレの行動を遮るように腕を掴んだ。

「……今日、僕の誕生日なんだ」
「えええええ!?」

そう言われても、ど、どうすればいいの? 
雲雀先生は手を放してくれない。

「何かいうことはないの?」
「えっ、あ! お、おめでとうございます!!!」

雲雀先生が欲しいものは何だろう。オレには何もあげられるものがない。

「……うん、ありがとう。……綱吉」
「……え?」

最後に言った言葉が聞き取れなくて聞き返すけど、雲雀先生は答えてくれない。

「もういいよ、行きな」

綱吉が立ち上がるのを待って、1週間後、またおいでと雲雀先生が言う。
何もないとは思うけどね、一応、ね。
雲雀先生が柔らかく微笑むなんて滅多に見られることじゃなくて、見惚れていたらそのまま、にやり。意地悪そうな笑みに変わる。

「あああ、ありがとございました!!!」

くるんと方向転換。そして逃げるように慌てて診察室から出る。

あの笑みは、危険だ!
かっかと熱くなる顔。本当にのぼせそう!
大きく深呼吸してから、周りをきょろきょろ。よかった。誰も見てなかったみたいだ。

また来週かぁ。……雲雀先生、今日が誕生日だったんだ。
綱吉は会計を待ちながらも子供の日が雲雀先生の誕生日だということをしっかりと脳内にインプットさせる。

子どもの日……そうだ! 家には甘い甘い柏餅が待っている。
今の今まで脳内を占めていた雲雀先生を無理やり追いやって、綱吉は綱吉の帰りを今か今かと待っているだろう奈々と子ども達を思い浮かべたのだった。











甘くて美味しい、
大遅刻の雲雀さんのお誕生日小説です。君の為に〜の続編をイメージしてみました!
なかなか甘くならず、沢田家が出張っているのは、やっぱり柏餅作りに力を入れすぎたからだと思います…。こんなに描写に力を入れたのも初めて…

2012/05/26 chisa